Ep.1 E判定と秀才美少女⑧
「ふぅ……今日はなんだかどっと疲れた……」
正門を出て、悠馬は帰路につく。
自宅は学校から歩いて30分ほどにあるが、校則により、学校からの半径が2キロメートル以内に自宅がある者は、自転車を用いての通学が禁止されている。
悠馬の自宅は入り組んだ住宅街の中にあるため、道のりで見たら2キロを大幅に超えるのだが、直線距離では1.8キロほどしかない。そのため、歩いて通学する生活を3年間続けざるを得なかった。
(今日は本当に疲れたな……)
模試が返却され、相変わらず授業には付いていけず。放課後には美少女で秀才とかいうどんでもないスペックの後輩に勉強を教えてもらい、挙句の果てには泣かせてしまった。全部高校生活始まって以来の経験である。
(やっぱり、今日のおとめ座の運勢は12位確定だな。見なくても分かる)
音羽さんとは教室を出たところで別れた。3年生の俺の靴箱は1階の昇降口に、一方2年生の音羽さんの靴箱は2階の昇降口にあるためだ。
もしかしたら追いついてくるのではないか、と若干の期待を胸に正門で数分ほど佇んでみたが、よく考えればほぼ初対面の、それもまだ友達ですらない男が自分を出待ちしているのは、音羽さんにとっても気持ちのいいことではないだろう。
そもそも2階の靴箱からだと正門ではなく、駅に近い方にある北門の方が近いため、そっちから下校したのかもしれない。
「『また』、か」
別れる前、自分と音羽さんが偶然同時に発した言葉。連絡先も交換していないし、ましてや音羽さんは俺の名前すらも知らないよな。最後まで「先輩」って呼んでたし。
音羽さんとの交流は、本当に偶然の産物だった。
偶然最後一つしか残ってなかった「あらびき焼きそばソーセージパン」を二人ともが買おうとしていたこと。
偶然ハルトに用事があったから、珍しく俺が放課後の教室に俺が残っていたこと。
偶然手を滑らせて鞄が床に落ちたこと。
偶然を数えだしたらキリがない。
『また』は本当に来るのだろうかというか、俺はもう一度音羽さんに会って何がしたいんだろう。さっきはなんで、音羽さんのことを正門で待とうとしたんだろう。やっぱり、あのときの音羽さんの「授業」は、それほど俺に衝撃を与えていたのだろうか。
(しっかし、本当にすごかったよなぁ。音羽さんの説明)
生徒の理解度を確かめながら授業を進め、知識を「覚えなさい!」と植え付けていくのではなく、生徒が自然に「あ、こういうことなのか!」と気づけるような、そんな授業。
一対一だったからできることなのかもしれないけど、それを恐らく初見の問題で、しかもほぼ初対面の男の先輩相手に物怖じもせずやってのけたのは並大抵のことではない。
ただ、なぜ眼鏡をかけるとあんなにも性格が変わるのか。どうして「先生」と呼ばれることにあんなにも抵抗があるのか。音羽さんのことを、俺はまだ全然知らない。
(そうか、俺はもっと音羽さんのことを知りたいと思ってるのか。っていやいや、後輩の女の子のことを深く知ろうとか変態かよ……しかも俺、初対面で泣かせてたんだよ!? あー、本当に悪いことをしちまった……)
ぼーっと考え事をしながら歩いていると、自宅から徒歩10分のところにある書店の前を通り過ぎるところだった。
何か役に立ちそうな参考書でも探すか、と立ち寄ろうとしたが、前回はその膨大な数に圧倒され何もできずに退散したことを思い出し、思わず苦いモノを舐めたような表情になる。
その時、ふと悠馬は無造作に詰め込まれた模試の成績表が、半開きになっていた鞄のチャックから顔を覗かせているのに気づいた。音羽さんが解説してくれたことをメモしたノートもその隣に見えている。
しばらく悩んだ末、俺は足を自宅に向けて動かした。
今日は、返ってきた模試の復習をしよう。音羽さんには劣るとしても、以前学校で配られた分厚い参考書には、きっとヒントになることは書いてるだろう。模試の直後に配布された解答解説を読み、ノートにまとめるだけでも模試で出た問題についての理解は一段深まるはずだ。
(それでも分からなければ、もしできることなら……)
かすかな期待を胸に、悠馬にしては珍しく足早に自宅への道を歩んでいった。
これにて『Ep.1 E判定と秀才美少女』はおしまいです。模試が返ってきて、しかも結果が悪いと焦りますよね。でも、そんなときこそ一呼吸して、「何を間違えたのか」「何を知っていたら得点(正解)できたのか」を考えてみてください。そこから、次の模試や試験に向けて対策を立てていくのが大事ですよ!