Ep.7 To be continued....⑤
「……」
「……」
「……輩、悠馬先輩! もう明央前駅ですよ!」
「うおっ危ねぇ! 降りるぞ、瑠美!」
待機列に並んでいた人たちが列車に乗り込もうとする寸前に、俺と瑠美は駆け降りる。人でごった返すホーム上を歩きながら、瑠美がジト目で俺の方を見上げた。
「もうっ! 私がいなかったら乗り過ごすところだったんですよ、先輩!」
「いや、ちょっとぼーっとしてただけだって……にしても、すげぇ人だな。皆、明央の受験生なのか?」
「えぇ、たぶん。制服を着ている人は、ほぼ間違いなくそうでしょうね」
混雑で進まなくなった階段の上で俺と瑠美がそんな話をしていると、「明央大学受験会場は、こちらを左手にお進みくださーい!」という大学職員らしき人のアナウンスが拡声器を通じて駅構内に響き渡った。
2月16日土曜日。今日は明央大学商学部の一般入学試験の日だ。
何故か朝っぱらから自宅の前で待機していた瑠美に、「行きましょう!」と手を引かれながらここまで来たわけだが、はっきり言って周りから浮いてる。
それもそうのはずだ。ほとんどの受験生が一人、もしくは保護者に同伴されて来ている中で、瑠美のような可愛らしい女の子を侍らせてきている男なんて他にいないだろう。
他の受験生──主に男子連中──の生暖かい、もしくは怨嗟を含んだ視線に若干たじろいでいると、そんなことを全く気にもしてないであろう瑠美が俺のコートの袖をちょいと摘まんだ。
「そ、その……今日で、受験はおしまいですね」
「あぁ。正直あんま実感は無いけどな」
瑠美の言った通りだった。これまでに私立の大学を全部で四つほど受けてきたが、これが最後の受験校になる。実を言えば、調子に乗ってもう少し上のレベルの私立にも出願してみようかと思った時期もあったのだが、その過去問に取り組む時間的な余裕が無かったのと、一校あたりの受験料が想像以上に高額だったため、結局受験はしないことにしたのだ。
一年間の思い出話なんかをしながら改札を出て、受験会場に向かう。路肩に植えられている木は桜だろうか。目を凝らして寒々しい枝を見ていると、緑色の先端が膨らみかけたつぼみがいくつか付いているのに気づいた。あと数週間もすれば芽吹くだろう。
「春になったら、花見でもしたいな」
「いいですね! 桜先輩も呼びたいですっ!」
「人数は多い方が楽しいしな。瑠美さえよければ、汐音も呼んでもいいか? あ、もしかしたら桜の妹の……そうだ、紅葉も来るかもしれないな」
「桜先輩、そういえば妹さんいらっしゃるんでしたね」
会ってみたいなぁと呟きを漏らす瑠美の隣で、「あれ、俺の友達って女子しかいなかったっけ……?」と思わず首を傾げかけたが、ひとまず今日を無事に終えてから考えることにする。
そんな話をしているうちに、俺たちは受験会場となっているキャンパスの正門に到着した。夏にオープンキャンパスで来て以来だが、相変わらず周囲のオフィスビルにも引けを取らないほどの存在感を放っている。
「……瑠美」
「どうしましたか?」
「ありがとな」
「い、いえ! 私が勝手についてきただけですから、御礼を言われることなんて……」
「いや、そうじゃないんだ」
もちろんそれもあるけど、瑠美に感謝しなきゃいけないことはそれだけじゃない。色々な想いを全部ひっくるめての“ありがとう”だった。
顔を真っ赤にしている瑠美の頭に軽く手を置くと、瑠美は絞り出したような声でこう言った。
「……受験票と、筆記用具は持ちましたか?」
「ああ」
「スマホの電源はちゃんと切るんですよ」
「分かってる」
「お手洗いは、混む前に行ってくださいね」
「そうだな。教室に入る前に行っとく」
「……先輩」
最後に、と瑠美はようやく顔を上げて俺と目を合わせた。
「行ってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」




