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先生って呼ばないでくださいっ!  作者: 矢崎慎也
第1章 俺、どうやら受験生になったらしい。
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Ep.1 E判定と秀才美少女⑥(授業①「see off の使い方」)



「……へ?」



 突然の音羽さんの豹変(?)ぶりに、俺が呆気あっけに取られていると、彼女は再び俺に向かってこう言い放った。



「いいから早くノートを出しなさいですぅ!!!」

「は、はいっ!いますぐに!」



 (先ほどまでのおどおどしてた音羽さんは何処いずこに?)



 いつの間にやら教卓のところまで戻ってきていた音羽さんにキッ、と有無を言わさぬ目線を向けられ、俺は慌ててノートと筆記用具を取り出し教室中央、最前列にある自分の席につく。



 俺の準備が整ったのを確認すると、教壇の上に立った彼女は満足そうに微笑み、ブレザーのポケットから何かを取り出して……



(って、なんで眼鏡なんだ?)



 音羽さんはポケットから取り出した眼鏡をすちゃっと身に着け、「さて、これで準備は整いました!」なんて不敵な笑みを浮かべている。



 ブロンドの小柄な女の子が、赤く彩られた細淵ほそぶちの眼鏡をかけてこちらに笑顔を向けている様子は、それは大変「萌える」シーンではあったのだが、動揺していた俺にはそれを楽しむ余裕なんて全くなかった。



 「さて、それでは早速この問題の解説に入ります! まず先輩。ご自分が解答した英文を日本語に訳すことはできますか?」



 白いチョークを片手でつまみ、それを小さな手のひらでもてあそびながら音羽さんは俺に質問してきた。


 

 いやなんで眼鏡やねんとか、元の内気で大人しそうな音羽さんはどこですかとか、聞きたいことは山ほどあったが、教壇の上からこちらを見下ろす音羽さんの表情は、まるで「私の質問にだけ答えてくれればいいのですよ~♪」と言っているような、可愛らしくもどこか恐ろしい笑顔を浮かべている。



「ええと、『His brother and I went to see off him at the airport last Saturday.』は、『彼の兄と私は、先週の土曜日に空港に行って……』すまん、see off him のところが訳し方が分からない」

「ふふ。そんなことだろうと思ってました」



 お見通しだと言わんばかりに、チョークを持っていない方の手で、ぱっちりとした目の前に輪っかを作る。



 スコープ……のつもりなんだろうか。普通の女の子がやるとややあざといような気もしたが、不思議と音羽さんがやる分には違和感がないような、しっくりとくる動きだった。



「確認ですけど、seeという動詞の意味はご存知ですよね?」

「さすがにそのくらい知ってる。『見る』だろ?」

「正解です。seeという動詞は後ろに目的語、『何を』見るのかという単語を置いて使います。たとえば、『see you』で『あなたを見る』って訳しますよね?」



 こちらの理解度を確かめながら「授業」を進めてくれる音羽さんに、「まだ付いてきているぞ」という意味を込めて頷く。



「今言った通り、seeという単語は『何かを見る』という意味ですから、後ろには『何を』見るのかが来ます。そして、先輩が分からないとおっしゃっていた『see off』の訳し方ですが、offという前置詞、これは『離れている』という状態を表すんです。」

「ってことは、『see off』で『何かが離れていくのを見る』って意味になるのか?」

「その通りなのです! 参考書とかでは、『見送る』という意味が記されていることが多いんですよ♪」



 なるほど。俺はノートに『see off=見送る』と記す。



 その上で、その近くに音羽さんの説明で出てきた『see』と『off』という単語の意味もメモ書きしておく。せっかく後輩の女の子、それも全国模試1桁の子が俺のために特別講義をしてくれているのだ。あまりに濃い体験だから、そうそう忘れそうにはないが……って、



「あれ、それじゃあ俺の解答は一体どこが間違ってるんだ? 『His brother and I went to see off him at the airport last Saturday.』は、『彼の兄と私は、先週の土曜日に空港で彼を見送った』……いや、『空港まで彼を見送りに行った』の方が正確なのか。ちゃんとした英文になってる気がするんだが」

「ふっふっふー」



 出来の悪い生徒がした質問を決してバカにすることはなく、それどころか「よくぞ聞いてくれました!」的な雰囲気を出しつつ、音羽さん……いや音羽先生は楽しげに、体を小刻みに左右に揺らす。体の動きに併せて左右に揺れる長い髪に、窓から差し込む夕日が反射してまぶしい。



「さて、もう一度確認しますよー? 『see』という動詞が後ろに取るのはなんだったでしょう!」

「ん? それはさっき目的語だって……あっ!」

「もう気が付きましたね!」



 そうか、さっきわざわざ基礎的な単語である『see』の使い方を説明したのは、そういう意図があったのか。


 

 『see』の後ろに来るのは目的語、つまり「何を」にあたるものだ。今回、何を「見て」いるのかと言えば、それは「off」ではなく……



「つまり、『see off him』じゃなくて、『see him off』が正しい形ってことだな!?」

「その通り! 大変よくできました!」



 『see』の後ろに来るのは「何を」にあたるもの、つまり今回の問題では「彼を」が後ろにくるべきだったんだ。



 自分のミスが分かったことでテンションがぶちあがっている俺を、生徒の成長を見守る教師のごとく褒めてくれる音羽先生。



 チョークで黒板に、「こうやって覚えておくともう間違えませんよ!」と言いながら「see+人(目的格)+off=見送る」と書いてくれている。黒板の真ん中に書こうとしているが、小柄な体格のせいか、少しかかとが浮いているのは微笑ましい。



「実際には、『see off』をセットでくっつけてしまい、その後に『何を』をつける場合もあるのですが、受験はこれで覚えておく方がいいでしょう。辞書とかで調べると、『see off my aunt(叔母を見送る)』みたいな使われ方も載っていますが、基本は今黒板に書いた使い方ですからね!」

「サンキュー! びっくりするくらい分かりやすかったぜ。まるで音羽先生・・・・だな。おかげで今教えてもらった内容は、受験まで絶対忘れないでいられる気がするよ」



 少しからかいを混ぜた口調で、しかし彼女の厚意に対してきちんと礼を言う。



 ほとんど初対面の、彼女にとってなんの借りもない俺に対してここまでのことをしてくれたのだ。3年間俺のクラスの英語を担当している小川先生よりもよっぽど分かりやすく、頭に残る授業だった。



 大学に行ったら塾講師のバイトとかするのかなぁ、この外見だし絶対人気出るよなぁ、などとしょうもないことを考えてる俺を教壇の上から見下ろしていた音羽さんは、少し俯き、眼鏡を外しポケットに入れる。どうしたんだろう、と思いしばらく視線を音羽さんに固定していると、数秒して彼女の肩が小刻みに震え出した。



「……ゃ……す……」

「す?」



 あ、なんかデジャビュった。猛烈に嫌な予感がする。



「せ、先生じゃ、ないで……すぅ……」



 なんと、音羽さんは教壇の上に座り込んでしくしくと泣き始めてしまった。


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