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先生って呼ばないでくださいっ!  作者: 矢崎慎也
最終章 
68/72

Ep.7 To be continued....③

──寒い。



 受験会場に指定された大学に到着した俺が、最初に抱いた感想はそれだった。なんでこんなクソ寒い日に試験を受けなきゃいけないんだよ、と悪態あくたいを付きたくなる。誰にだ、誰かにだ。



 席に座って参考書を開いていると、教室前方の扉からハルトが入室してきたのが見えた。きょろきょろと自分の席を探していた奴と目が合ったので軽く手を挙げて挨拶をしたが、ハルトは軽く口角を持ち上げただけで、こちらには近寄らず自分の座席に着いた。


 

 集中したいんだろう。国立組と私立組じゃ心構えが違うもんな、と心の中で納得する。



 受験勉強を始めて十か月。俺は初めての入試、大学入試センター試験に臨んでいた。推薦入試やAO入試を受験した人以外にとっては、おそらく初めての「受験」になるのがこの試験だろう。国立大学を受験する人たちにとってここでの受験結果は第一次選抜のための材料として大学に送付され、いわゆる「足切り」が行われる。



 一方、私立大学を志望する人にとっては──センター利用方式という特殊な形式で受験する人は別だが──センター試験の結果が大学側に知られることはない。にもかかわらず、



「(なんでこんなに緊張すんだよ……)」



 先ほどから一科目めの世界史の勉強をしようと参考書をペラペラめくっているのだが、内容が全く頭に入って来ない。定期テストと違って出題範囲が広すぎるためどこを見たらよいかが分からず、テスト開始時刻がせまるにつれて焦りだけがつのっていく。



 これはヤバい、と緊張で額に汗を浮かべた俺の肩がふいにポンと叩かれた。驚いて振り向くと、俺と同じように参考書を開いた桜が後ろの席に座っていた。



「おはよ、悠馬くん。まさか席が前後だなんて思わなかったよ」

「おはよう桜。嬉しい偶然だな。知ってる奴が後ろだと、少し気が楽になるな」

「……“知ってる奴”だなんて他人行儀だなぁ、もう。でも、よかった。悠馬君が前だって分かってから、少しだけ緊張がほぐれたよ」



 そう言って桜は胸に手を当てた。微かな手の震えを抑えるかのように、制服の内に着込んだカーデガンの生地をぎゅっと握っている。胸元のふくらみが強調され思わずドギマギさせられた俺は、視線を逸らしながらこう言った。



「礼を言うのはこっちの方だよ。俺こそ助かった。センターでこんなに緊張してたら、本番の明央の試験が思いやられるよな」

「んー、前に瑠美ちゃんがね。試験はやっぱり最初が緊張するもんだって言ってたよ。一科目目より二科目目の方が、一校目より二校目の方が緊張しなくなるって」

「まぁ、これが俺たちにとっての最初の試験だからってのもあるんだろうけどな……って、そろそろ始まるみたいだぞ」



 視線を教室前方の方に戻すと、スーツを着た大学の職員らしき人が三人、黒板の前で試験で使う機材のチェックを始めていた。時計を確認したが、試験前のアナウンスが始まるまであと一分もないだろう。



「よし、じゃあ──」

「悠馬くん」



 俺の言葉をさえぎるように、桜は右手を差し出してきた。その手には、先ほどの震えはもう見られない。



「私達なら大丈夫だよ。頑張ろうね」

「……ああ。帰ったら瑠美に自慢してやろうぜ。こんなに取れましたってな」



 そう言いながら俺は体を捻り、右手で差し出された桜の手をぎゅっと握り込んだ。桜も、もちろんと言うかのように強く握り返してくる。



「それでは、ただいまより……」



 試験監督の声が、無機質なマイクを通じて会場全体に響き渡る。俺と桜は最後に一度頷き合い、それからそっと手を放した。



___________



「それでは、解答はじめ」



 試験監督の合図で、一科目めの世界史の試験が始まった。瑠美から事前に何度も注意されていたように、自分が解答する問題を間違えないよう細心の注意を払う。問題冊子のページをめくり、世界史Bのページを見つける。



「(……よし。問題構成に目新しいものはないな)」



 一通り三十六問の問題に目を通し目新しいタイプの問題がないことを確認した俺は、得意な中国史の問題が集中的に出題されている大問から解答を始める。正しいと思った選択肢のところに丸をつけ、マークシートの該当箇所を黒く塗りつぶす。解答番号と、解答した選択肢が対応しているかを確認し、次の問題へ。



「(いいぞ。この調子なら、いける!)」



 順調なペースで解き進めて行ったため、試験時間からものの二十分程度で解答はクライマックスを迎えていた。残すところあと二問だ、と最後のページを開いた悠馬は思わず息をのむ。



「(やべえ! さっき見たところのはずなのに!)」



問2 スイスのXで宗教改革を始めたカルヴァンは、Yを唱えて厳格な宗教・政治の改革を推し進めた。XとYに当てはまる言葉の組合せとして最も適切なものを、次の①~④のうちから選び、その記号を書きなさい。(※解答番号35)


①X:ジュネーブ Y:予定説


②X:チューリヒ Y:予定説


③X;ジュネーブ Y:王権神授説


④X:チューリヒ Y:王権神授説



 普段ならば、十秒と関わらず解けてしまうような単純な問題だ。ただ、今俺が受けているのはセンター試験だというプレッシャーから完全に開放されたわけではなかったらしく、突然のこと俺の頭は混乱した。



「(カルヴァンが唱えたものだから、Yは予定説で間違いない! Xはどっちだ⁉ ジュネーブもチューリヒもスイスの都市で、どっちも宗教改革が行われていて……)」



 頭の中を、自分が持ってる知識が右から左へと猛スピードで流れていく。そんな中で一つの単語が引っかかった。



「(そうだ、ツヴィングリだ! 宗教改革の主導者として大学受験で問われるのは、主にはルターとカルヴァン、そしてヘンリー8世だけど、私立用にこれも覚えておくようにって瑠美が言ってたんだ! 確かあれは、瑠美と会って間も無いころに……)」



 記憶の糸を慎重に手繰り寄せる。これは、一種の賭けだ。体験したことの記憶なんて、ちょっとしたことで改ざんされる。ゆっくりと、しかし鮮明に当時の情景を脳内で描き出す。確かあれは、初めて瑠美と図書館に行った日のことで。自習室で模試の復習を終わらせたと答えた俺に、気づかぬ間に眼鏡をかけていた瑠美がわーっとまくし立てるようにして──



 そこまで考えた俺は、あぁと気づいた。



「(なんだ、全部覚えてるじゃないか)」



 この一年間、いつも瑠美はそばにいてくれた。たとえテキストの無機質な文字列は思い出せなくても、彼女との会話は、どんな些細ささいなことでも思い出せる。俺の目や耳にちゃんと残っているんだ。瑠美の声やしぐさが、鮮明に。濃くはっきりと。



「(ありがとな、瑠美)」



 心の中でそう呟くと、俺は迷うことなく①番の選択肢に丸をつけた。


今回の描写、特に採用した問題について思うことは色々ありますが、完結後に活動報告でお話ししたいと思います

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