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先生って呼ばないでくださいっ!  作者: 矢崎慎也
第2章 ライバルは増える?
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Ep.6 停滞、そして。⑤

 教室の前に着いた時、2年5組の教室の扉は閉まっていた。どうやら、まだ帰りのホームルームが終わっていないようだ。手持ち無沙汰に単語帳をめくりながら、教室から瑠美が出てくるのを待つ。



 2,3分が経過したころだろうか、教室後方のドアがガラッと開いて、教室の中から男子生徒が5,6人飛び出てきた。皆、肩にはエナメル質のバッグをかけている。「ああ、部活か」と一瞬遅れて気づいた。その後も、野球部らしき坊主集団、吹奏楽部らしき女子生徒たち、ラケットを背負ったテニス部員たちなど、次々と生徒が教室から出てくる。



「(瑠美は……まだ出てこないな)」



 「教室の中を覗き込んでみようか」とも考えてみたが、多少の気恥ずかしさがあったので、廊下の壁に背中をつけて瑠美が出てくるのを待つ。1分、2分……待てど暮らせど、瑠美は出てこない。



 最初の生徒が教室から出てきたときから、10分弱は経っただろうか。廊下の喧騒けんそうもほとんどそのりをひそめ、耳を澄ませても、5組の教室の中から話声は聞こえてこない。



「(まさか……見逃した?)」



 30人近い人数が次々と廊下に飛び出してきたのだ。小柄な瑠美を見逃がした可能性は0ではない。「いやいや、それは流石にないだろ……」と頭を軽く横に振り、観念した俺は瑠美の教室の中に足を踏み入れた。



「あっ……」



 思わず、小さな声が漏れた。そこで見た光景は、まるで名画の一つのような、あまりに現実離れしたものだったからだ。



教室内には瑠美以外の2年生の生徒もいたが、俺が前方の扉から教室に入るのと入れ違いぐらいのタイミングで、教室後方の扉から出て行ったようだ。ほんのわずかな間、放心状態になっていた俺が我に返ったときには、教室の中は俺と瑠美の二人だけになっていた。



 窓際の席に座る瑠美の髪は、近頃沈むのが早くなった夕日に照らされ、光の粒子を周囲に散らしているかのように輝いていた。アンニュイな瞳を窓の外に向けている彼女は、おそらく俺の存在に気づいていないのだろう。瑠美も俺も動かないままに、時間だけが通り過ぎていく。



 ふいに、彼女が顔を動かしこちらを向いた。



「えっ……」

「……おっす」



 戸惑いの声と、不愛想な挨拶。それっきり、再び沈黙が場を満たす。



 次に口を開いたのは、俺の方だった。



「その……今日は、図書館行かないのか?」

「い……いえ、この後行こうとは思ってたんです。思ってたんですが……」



 そこで一度言葉を切り、目を伏せながら瑠美はこう言った。



「その、先輩にどんな顔で会えばいいか、わからなくて……」

「…………」

「それで、迷ってるうちにこんな時間になっちゃいました。えへへっ……」



 口元には笑みを浮かべる瑠美。しかし、俺にはどうしてか、彼女が今にも泣きそうに見えて仕方がなかった。



「瑠美、あのさ」「先輩、その!」



 二人の声が同時に発せられた。お互い一度言葉を切って、相手が再び口を開くタイミングを伺う。しばしの膠着を破ったのは、瑠美の方だった。



「そ、その……昨日はすみませんでした! 私、すごく勝手な態度をとって、先輩を困らせて……」

「いや、元はといえば俺の方が変な態度を取ってたからだ。ごめんな、居心地悪かったよな」

「っ! ち、違います! そうじゃないんです。そうじゃなくて……」



言葉を探るように、ゆっくりと瑠美は自分の思いを口にする。



「私、すごく思いあがってたんです。先輩の、悠馬先輩と桜先輩の受験は、私が面倒を見てるんだぞって。だから、模試の結果も私が見て、アドバイスしてあげなくちゃって。気づかない内に、上から目線な考えになっちゃってたんです」

「それだって、俺とか桜が瑠美を頼りまくってるから自然なことで……」

「いいえ。だって、私は悠馬先輩たちの、先生でも、進路アドバイザーでもありません! 私、私は……」



 上目遣いに俺を見つめる彼女の目元には、透明な雫が浮かんでいた。



「私は、悠馬先輩の友達……じゃ、ないんですか?」



 こらえきれなくなったのか、彼女の頬を大粒の涙がつたった。



「友達だかっ、ら、困ってるときは……ち、ちゃんと、支えてあげるべきなんです。嫌がることを、無理に、するんじゃなくて……!」

「っ! もういい!」



 気が付いたときには、瑠美の華奢きゃしゃな体を抱きしめていた。彼女は俺の学生服に顔を押し付け、しゃくりあげながら言葉を紡ごうとする。



「で、でも私は、それが……自分勝手で……だか……らっ」

「分かった。分かったから」



 昔、汐音が親に怒られて泣きついてきたときにしてやったように、彼女の背中に片手を回し、空いているもう一方の手で彼女の頭を撫でる。大丈夫だから、と安心させるように。優しく、でも伝わるように。



 どれくらいそうしていただろうか。瑠美は俺の胸の下あたりに顔をうずめたまま、身じろぎ一つしない。それを好機だと捉えた俺は、意を決して自分が言おうとしたことを彼女に伝えた。


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