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先生って呼ばないでくださいっ!  作者: 矢崎慎也
第2章 ライバルは増える?
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Ep.5 夏休みはリゾートで⑥(授業⑥和訳⑴)

コンコン、とドアを叩く音がした。



「ん?」



 過去問を解いていた手を一度とめ、椅子から立ち上がって部屋の入口まで移動する。扉を開けると、そこにいたのはやはりというか瑠美だった。



「どうしたんだ? 夜ご飯までにはまだ時間があるぞ」

「あ、えっと……そ、そう! 先輩が行きの飛行機で悩んでいた長文の問題、解けたかなって……」

「ああ。あれな。一応和訳の解答を作ってみたんだが、なんか模範解答と違うんだよな」



 いつまでも扉を開けっぱなしにしておくわけにもいかないので、とりあえず瑠美を招き入れる。「お邪魔します……」と妙に顔を赤らめているが、どうしたんだろう。体調は悪そうではないし、単準に常夏の島の日差しに焼けただけだろうか。


「ええと、これだ。こっちが俺の解答で、これが模範解答」

「ちょっと見せてもらいますね」



 そう言って瑠美は、俺が差し出したテキストを受け取るとふむふむと見比べるように二つの文章を読んでいる。



 ちなみに、俺が苦戦していた問題はこれだ。


問4 下線部(※Health and well-being for each of us requires, among other things, being satisfied and secure in our bonds with other people, a condition of “not being lonely” that, for want of a better word, we call social connection.)を和訳しなさい。


 で、それに対する俺の解答はこんな風にした。



問4 我々誰もがほかのどんなものより求める健康や裕福は、良い言葉が見つからないため社会のつながりと我々が呼ぶ他人との絆や「孤独でない」状況によって満たされ保護される。



「先輩」



 瑠美が顔を上げてこちらに視線を投げた。



「ご自分が書いた文章、意味は分かってらっしゃいますか?」

「……すみません、分からなかったんでそれっぽいことを書いておきました」



 瑠美の前で、適当なことをしてもすぐばれてしまう。案の定、瑠美の頬はぷくぅと膨れ上がった。



「もう、自分が分かっていないことをいくら書いても、高得点は絶対もらえませんよ!」

「はい……まあそうなんだけど、こんな長い文章を訳したことが無かったから、どこから手をつけたらいいか分からなくてな」

「何も書かないよりは全然いいんですけど……そうだなぁ……」



 どこから説明すべきか、うんうんと唸っている瑠美をしばらく見つめていると、ふいにこんな言葉が飛び出した。



「皐月先輩、この文章の主語と述語って分かりますか?」



 主語と述語? 国語の問題でやったことがある気がする。



「ええと、主語は……Health and well-beingで、述語って動詞のことだよな? だったら、being satisfied and secureでいいんじゃないのか?」



 少なくとも、俺はそう認識していたし、そう考えて解答を書いた。



「ぶぶー、ちょっと違います」



 頭の前でバッテン印を作った瑠美は、問題用紙に書かれていた英文をサラサラと綺麗な筆跡でルーズリーフ(俺がさっきまで使ってた奴だ)に書き写すと、それを俺に見せてきた。



「主語は四角で囲った部分、述語は下線を引いた部分です!」


Health and well-being for each of us requires, among other things……



「つまり、主語は『私達一人一人にとっての健康や幸福』ですね。well-beingは『幸福』って意味ですよ。ほらメモをとってください!」

「お、おう」



 久々に教えるモード(眼鏡は今日もかけてないが)になった瑠美に急かされるまま、俺は椅子に座り新たなルーズリーフを取り出す。



「で、述語……つまり動詞ですね、は今回の場合require『必要とする』という単語になります。何故だか分かりますか?」

「主語のすぐに後に来てるから、だよな?」

「ふふ、正解です」



 言われてみれば当たり前だ。確かに、beingはbe動詞の進行形だが、主語の後ろに来る形としてはおかしいもんな。



 何故だか嬉しそうに見える瑠美は、ついでこんなことを聞いてきた。



「じゃあ、requiresの目的語ってなんでしょう? 一体、『一人一人にとっての健康や幸福』は、何を必要としてるんだと思いますか?」

「え? その直後にある、『among other things』じゃないのか?」

「ぶぶー。それは直訳すれば『他のモノの中でも』、簡単に言い換えれば「とりわけ」を意味する挿入部分ですよ! 目的語は……」

「わかった、その後ろの『being satisfied and secure in our bonds with other people』だな⁉」

「正解です! 目的語になるから、be動詞がbeingという形になっていたんですよ」



 ってことは、



「ええと、bondは『絆、結びつき』って意味だから……よし、目的語の日本語訳はこんな感じか?」

「『他人との結びつきの中にある満足と安心』……はい、いいでしょう! これなら点数は減点されないと思います」



 俺が新たに書いた和訳の下に、小さく丸をつけてくれる。なんだか嬉しい。



「……ん? でもどうするんだ? requiresの目的語はこれでいいんだよな?」

「はい、そうですよ?」

「じゃあ、その後ろにある『a condition of……』ってところはどうやってくっつけるんだ? 接続詞が無いから新しい文ってことはないよな。これもrequiresの目的語ってことはないだろうし……」



 もしここも目的語なら、requires A and B のように並列を表すための『and』が入ってくるはずだ。どうやってこれ以降を訳せばいいんだ……?



 ああでもないこうでもない、と問題用紙を睨み合いながら試行錯誤をしている俺を、瑠美はじっと見ている。ふと視界に入った彼女の目元は非常に優しく、俺を励ましているかのように笑みをたたえていた。


今回は宿題付きです。以下の英文を、ご自分で訳してみてください。数年前に大手予備校でも出されていた問題です。


Health and well-being for each of us requires, among other things, being satisfied and secure in our bonds with other people, a condition of “not being lonely” that, for want of a better word, we call social connection.

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