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先生って呼ばないでくださいっ!  作者: 矢崎慎也
第2章 ライバルは増える?
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Ep.5 夏休みはリゾートで⑤




 本州に住んでいると、透きとおるような海を目にする機会はあまりない。あまり、ではなく「無い」と断言した方が正確だろう。



「先輩先輩! 海の底がすごくよく見えますよ!」



 わぁ、とサンダルを履いた瑠美が目をキラキラさせながら手を大きくこちらに向けて振る。波打ち際で跳ねるようにあちこちを動き回る彼女の姿は、真夏の太陽に照らされたブロンドも相まって、眩し過ぎて直視するのが難しい。



「ほら、先輩も! この海、とっても綺麗ですよ!」

「おーう……って、いや俺たちはだなぁ」



 危ない。つられて瑠美の方に駆け寄ろうとしてしまった。ちょうどその時、俺と瑠美がいるところより前方から声がかかった。



「ふたりともー! はやくはやく!」

「ほら、桜も呼んでるし」

「うっ……」

「俺たちが来た目的、忘れてないよな?」

「……はい」



 瑠美は不承不承、といった様子で浜辺からこちらへ歩いてくる。俺に追いつくと、舗装されたアスファルトの道路の表面温度に顔をしかめがら、まだ諦めていないその瞳を俺に向けた。



「で、でも、夜になったらちょっとくらい……」

「瑠美は行きたきゃ行ってもいいぞ。俺と桜は変わらず部屋に籠るけどな」

「……うぅ」



 しょぼん、と肩を落とす。



可哀想なことをしたなと思い、「……やっぱちょっとくらい遊ぶか」と声をかけてあげたい気持ちがむくむくと首をもたげてきたが、俺は心を鬼にしてそれをぐっと耐えた。だって、



「今回は観光じゃなくて、勉強合宿なんだからな……」



 強い日差しに思わず手で影を作りつつ、俺はこの珍妙な合宿に行くことが決まった日のことを思い返していた。



___________



「り、リゾート2泊3日⁉」

「ちょ、皐月君! 声大きいって!」



 気づけば、急に立ち上がった俺は周囲からだいぶ注目を集めていた。慌てて会釈しながら着席し、声のボリュームを落として桜に尋ねる。



「リゾートって……海外か?」

「ううん、国内の南の島みたい。交通費、滞在費、それに向こうでの活動費まで全部出してくれるんだって」

「ずいぶんと豪華だな……いつ行けるんだ?」

「えーっと、有効期限は……今月いっぱいまでだね」

「う、うーん……それはなんとも」



 受験生でなければ諸手を挙げて行ったかもしれないが、3日間も受験勉強を疎かにするのはよろしくない。そこで俺は妙案を思いついた。



「なら、紅葉ちゃんはどうだ? 確か高校2年生って言ってたよな?」

「ウチも夏休みの間は基本部活があるんすよ……1日や2日の休みは取れたとしても、さすがに3日は無理っす……うう、南の島行きたかったっす!」



 しくしくしく、と泣く真似をする紅葉ちゃん……って、あれほんとに涙出てないか⁉ どんだけ行きたかったんだろう。気持ちは分かるけども。あ、汐音がハンカチを渡してあげてる。



「とすると、桜の両親に使ってもらうかだけど……」

「うちの親、二人とも働いてるからね……休みを合わせるのはなかなか難しいかも」



 うーん、と思案するような表情になる桜。くそ、こんな身近に南国エデンへのチケットがあるというのに、このままでは無駄になってしまう……



「はぁ、いっそ気分転換に俺が行きたいくらいだよ」

「あはは、皐月くんが受験生じゃなかったら譲れた……の…………に?」



 瞬間、桜の頭の上に電球が灯ったのを幻視した。



「そうだよ、気分転換をすればいいんだよ!」

「……ん?」


 

 どういうことだ?



「だからね……」



 その豊かな双丘を強調するようにぐいっと上半身を俺の方に近づけて、彼女はこう言い放ったのだ。



「リゾートで勉強会をすればいいんだよ!」



___________



 そして今に至る。飛行機で島に到着し、ホテルまでは徒歩で移動した。ちなみに、桜が当てたチケットは4人まで使えるらしく、瑠美には日ごろのお礼を兼ねてその場で誘ったところ、間髪入れず「行きます行きます!」と返事がきた。俺は桜ともクラスメイトで、瑠美とも面識もあるし、ということでハルトを誘ったのだが、奴は予備校が休めないらしく、泣きながら(誇張ではない)断っていた。




今は桜がホテルのフロントでチェックインやらなんやらの手続きをしてるので、手持ち無沙汰の俺は瑠美に単語テストをしてもらっているところだ。



「collapse」

「崩壊する、壊れる」

「export」

「輸出する」

「faculty」

「基金……違うな、学部だったっけ?」

「はい、そうです! じゃあ、カン……」

「二人ともー! チェックイン終わったよー!」



 フロントで2部屋分のルームキー(カード式の奴だ)を貰った桜がこちらへ駆け寄ってくる。



「こっちが……皐月君かな。で、こっちが私と瑠美ちゃんね。夜ご飯が18:00からって言ってたから、それまで各自お勉強タイムでいいかな?」

「おっす」

「わかりましたー」



 スーツケースを持って、俺たちはエレベーターに乗り込む。止まる部屋の階は一緒だったが、部屋は別だ(当たり前か)。エレベーターホールを出たところで瑠美・桜と別れ、俺は自分の部屋を探した。



「613号室は……っと、ここか」



 今どき珍しくもないカード型のルームキーをかざすと、カシャリと音がして開錠された。部屋に入ると、



「うぉ……」



 一面に広がるのは、ここから見ても透明度が際立つ大海原だった。瑠美がはしゃいでたのも無理はない。本州では見ないような熱帯の植物と、果ての見えない水平線があわさって、窓辺の景色は名画のような美しさを誇っている。



「っと、いつまでもこうしちゃいられないよな」



 瑠美を窘めたにも関わらず、俺が浮かれてたらダメだろう。ベッド付近に置いたスーツケースからテキスト(ハルトに借りた予備校のものだ)を取り出し、行きの飛行機の中で途中まで解いていた長文のページを開く。現時刻は15時を少し回ったところ。夕食までは3時間弱ある。



「うっし、やるか」



 ルーズリーフにシャーペンを動かしながら何故か先ほどのはしゃいでいた瑠美を思い出し、「あっちの部屋、ちゃんと勉強してんだろな?」と少しだけ不安になった。



気分が乗らないときは是非「場所」を変えてください。私の生徒は、今年のお盆に北海道の祖父母の家に行ってたらしいです。「勉強、どこでもできるじゃん」という彼の言葉、至言ですね。

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