Ep.5 夏休みはリゾートで①
何事も、ずっと続ければいつかは飽きるものだ。
だってそうだろ? いくらマグロの寿司が好きだからって、毎日毎食ずっと食べていれば、1か月もしないうちに飽きる。
慣れると、新鮮味を感じなくなるからだ。引っ越したばかりの土地で、しばらくの間は「あ、こんなところに文房具屋が!」「ここの家の犬、超かわいい!」と小さな発見、大きな発見が様々にあるに違いない。でも、1年もたったらどうだろう。見慣れた通学路、ありふれた光景。変わらぬ日々に嫌気がさし、「父親の転勤、まだ来ないかなぁ」と思ったことがある人もいるんじゃないだろうか。
なんで俺がこんなドラマCDの語り部みたいな口調かって? そりゃあ――
「もう無理、疲れた、めんどくさい……」
「先輩⁉ 体がゼリーみたいに溶けかかってますよ⁉」
皐月悠馬17歳、絶賛夏バテ中である。
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「ふぅ……生き返る……」
自販機のアイスをちびちびと食べながら、俺はボディーシートで顔をぬぐった。俺がいるのは図書館の休憩室。館内の空調は問題なく機能していて、室温は24℃と快適なものに設定されてるのだが、
「ほんとですね……ちょっと外に出ただけで、汗でべっちょりですぅ……」
「ちょっと外に出ただけなのにな……今日、最高気温38℃まで上がるってさ」
「……もう、ここから1歩も外に出たくないです」
目の前にはパタパタと団扇で自分を仰ぐ瑠美。表情は珍しくげんなりとしたもので、ブロンドの髪も心なしか艶が褪せている気がする。
「はぁ、それにしてもなんで日本の夏はこんなに暑いんだ。地球温暖化の影響か?」
「海外でもここ最近猛暑は観測されてるみたいですけど……でも、やっぱり日本は特別みたいですね。気温だけでなく、湿度も高いですから」
「そこなんだよなぁ……せめてこのジメジメさえなければ……」
「……あ、先輩。『じめじめする、湿度が高い』を意味する英単語は?」
「んー……『humid』だろ?」
「はい、正解です……」
お互い声に覇気がない。ある程度汗もひいたので、二人揃って机の上にぺちょーんと伏せてアイスを食べ続ける。ちびちび、ちびちび、ちびちび……………
「って、このままじゃダメですっ!」
「うぉあ!?」
突然立ち上がった瑠美に驚き、手に持っていたアイスをあやうく地面に落とす所だった。しっかりとコーンを握りしめ、一呼吸着いてから瑠美の方を見やる。
「どうしたんだ急に。さっきまで某干物妹と張り合えるぐらいのダラけっぷりだったのに」
「わ、私はいいんです! でも、先輩はこのままじゃ絶対なんです!」
「いやぁ、そう言ってもなぁ……今日やる予定のことは一応終わってるし、ちょっと気分転換というか……」
などと申してみるが、後半のセリフは少しばかりウソだ。確かにやるべきことは終わっていたが、ダラけてたのは気分転換のためではない。そして、外が殺人的な暑さだから、という理由だけでもない。さっき心の中でぶつぶつと呟いていたが、
「(要するに、飽きたんだよな。勉強に)」
昔のように「嫌い」になった訳ではないが、直近の模試は9月の初めだし、毎日ルーティーンのようにテキストや過去問の問題を進めるだけ。
夏休みに入って既に2週間が経過した。世間ではそろそろお盆休み。だが、俺と瑠美はそんなことはお構いなしに朝から夕方までこの図書館で勉強に明け暮れる毎日を過ごしてる。いや、過ごしていた。
「ふぅ……先輩、夏休み前のこと、覚えてますか?」
「夏休み前? どのことだ?」
「終業式の日の後、先輩と夜ご飯を食べてたときに、私と一つ約束しましたよね?」
「あ、ああ……」
もちろん覚えている。たしか――
「夏は受験の天王山、だったよな? だから、一日少なくとも10時間以上は勉強しなきゃダメっていう……」
「そうです。夏休みの40日間をきちんと勉強に費やせた人と費やせなかった人との間には、越えられない壁が築かれるんです。それに、10時間と言っても、闇雲に時間だけを費やしていては何も効果はありません」
「……」
グサッと瑠美の言葉が俺の胸に刺さる。ここ数日、俺の勉強には集中力が確かに欠けていた。問題演習にもだいぶ慣れてきて、苦戦する問題が減ったことも理由の一つだが、やはり「飽きた」というのが一番の問題だ。だらだらと、間違えたところだけ直せばいいや、という姿勢で問題を解いていたのは、否定できない。
「ふぅ……そうだよな。よし、切り替えて取り掛かるわ」
ぱしっと頬を叩き自分に喝を入れてみたが……うん、イマイチ勉強に身が入らない。少なくとも、1学期の定期試験前ほどの集中力は、今の自分にはないだろう。
「うーん……一時的にやる気を出す方法はいくつかあるんですよ。エナジードリンクを飲んでみるとか、仮眠をとってみるとか。ただ、それって疲れたときの対策で、今の先輩には正直効果が薄いんですよね……」
そういうと、瑠美は再び考え込み始めた。自分のことでもないのに、懸命にアイデアをくれようとしている彼女に報いるためにも頑張ってみようと思うのだが、「このぐらいやってればいいよな? 十分だよな?」という悪魔のささやきが耳の奥底から聞こえてくるのだ。
何か良い方法は無いものか、と辺りを見回していると、目の先にある壁に注意を惹かれた。花火大会のビラ、図書の貸し出しに関する注意書き、講演会の告知などなど、様々なポスターやビラで壁一面が多い尽くされている。しかも、そのうちのいくつかは日付が数年も前のものだ。
「誰も剥がしてないんだなぁ」
気づいてしまったので放置するのも忍びなく、日ごろお世話になっている休憩室への礼も兼ねて不要となったポスターを剥がしているとき、あるポスターが俺に名案をもたらした。
「これだっ!」




