Ep.4 心機一転?形勢逆転?⑥
「いや、ないわ」
そんな衝撃的な瑠美の発言を聞いた俺の反応は、なんとも現実的なものになってしまった。考えて見ろ。多少成績が伸びたとはいえ、6月に受けた模試の結果は相も変わらずE判定。4月の初めに受験勉強を始めたから、実に2か月近く勉強していたにも関わらず、判定は一つたりとも変わっていなかった。
そんな俺が1か月ちょっとの勉強で、受験生なら誰もが追い求めるA判定を、それも有名私立大学である明央のA判定を取ることができる方法があるなら、どんな予備校もこぞってそのやり方を真似するに違いない。
ただ、疑わしいと思いつつも、瑠美の言うことを一蹴することは俺にはできない。どういうことか、と問うような視線を彼女に向けると、
「はい、おっしゃる通り、現状でE判定ぐらいの実力の人が、たった数週間の勉強でA判定を必ず取れる魔法の方法なんかありません」
「そうだよな」
特に期待もしていなかったので、素直に頷く。瑠美はそんな俺を見ると、にやりと悪戯っぽく笑った。
「絶対の方法はありませんが、おそらく先輩はA判定を取れると思いますよ」
「……今、E判定の俺が?」
「今、E判定の先輩が、です」
「模試監督に賄賂を渡してカンニングすれば、もしかしたらいけるかもな」
信じられず、適当な冗談で返すと、瑠美はむーっとふくれっ面になってしまった。本人は「怒っています!」とアピールしているつもりなのだろうけど、なんだか可愛らしくて思わず口元が緩みそうになるのを慌てて抑える。
「と に か く! 悠馬先輩には夏休み明けのマーク試験でA判定を取っていただきます! 異論は認めません!」
「いや、そうは言ってもなぁ」
取ろうと思って取れる程度のものなら、俺もほかの受験生も苦労はしない。っていうか、
「マーク模試……? 確か夏休みが終わってから最初に受ける模試は、記述式だった気がするんだが」
「んー……おそらく先輩の実力に鑑みると、記述型の模試でA判定を取るのは難しいと思います」
ますます訳が分からなくない。なんでマーク型だと目指せて、記述型だとダメなんだ?
その疑問を俺の表情から読み取ったのか、瑠美は鞄をゴソゴソと探りながら話を続けた。
「前にもお伝えしたのですが、マーク式の模試は出題傾向が予め分かっているんです。たとえば、英語の試験であれば第1問が発音・アクセント。第2問が文法。第3から第6問が長文という風に」
「ああ。確かにそうだったな」
先週取り組み始めたばかりの過去問のことを思い出しながら頷く。この前受けた模試も同じ問題の順番だった。
「傾向が同じであれば、多く解いてる人の方が優位だということはこの前お話ししましたよね?」
「ああ」
「センター試験を解く上で知っておかなければいけない単語も、先輩はちゃんと勉強してました」
予備校で貰った単語プリントのことだろうか。それなら、ここ2か月毎日のように眺めて、声に出して暗記に励んでいた甲斐あって、今なら9割以上の単語の日本語訳は分かる……気がする。
「あと、過去問を解いていく上で必要なのは文法の知識です。毎年44点分は文法の知識を問う問題が出題されていますからね。これだって……」
「確かにやったな。ゴールデンウィークに」
そうか、4月から6月にかけて瑠美が俺に指示してくれた勉強内容というのは、全部マーク試験の過去問に取り組むための準備だったんだ、と今更ながらに気づく。
「記述型の模試は、覚える単語の量や問題形式の多様さから対策を立てづらいのですが、マーク試験であれば十分に準備してから望めば、9割以上の得点を取ることだって難しくありません」
「難しくはない、といってもねぇ」
現状120点に満たない俺の英語の点数が、過去問を解き進めるだけでそこまで点数が上がるのか。瑠美の言うことは信じたいという気持ちと、まさかそんなことがあるわけないという気持ちが半々といったところだ。
「過去問をただ解くだけ、じゃ勿論ダメなんだよな?」
「もちろんです。解いたあとの復習も、模試を受けたときと同じくらいしなきゃダメですよ」
「……英語d」
「だけ、なわけないですよね? 先輩が受験で使うのは、英語だけなんですか?」
俺のセリフをにこっと笑って遮った瑠美の目は、口元とは裏腹に全然笑っていない。いや、冗談ですって。
今年の夏休みは、「全然休めない」ルートで確定です。
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期末テストが近づいてきた。中間テストのときに「勉強の仕方」と「何をすればいいのか」については知識として身につけたので、今回はさほど苦労することなく対策を進めることができた。世界史についても瑠美からよく出題される人名、出来事の名称を教えておいてもらったおかげで、闇雲にカタカナを暗記するといった非効率な作業をする手間は省けたしな。
ただ、
「ごめんね、皐月くん。もう模試の解説なんてとっくに終わってるのに……」
今日は金曜日で、期末テスト前最後の授業日。俺は未だに昼休みに図書室……というか、司書室に通い続けている。理由はもちろん、飾森さんにお願いされたから―
「これは俺が言い出したことだし、気にしなくてい―」
「申し訳なく思うんだったら、お一人で勉強された方が良いのではないでしょうか。というか、そこの和訳間違ってますよ。本当に授業聞いていたんですか? それにその上の問題も。⑵の答えは③です。コマメに丸つけしてないと復習の効率が悪くなるなんてことは、小学生でも知ってる人は知っていますけど……」
―ではない。俺が飾森さんに頼まれた模試の解説を終えた日、たまたま本を返しに来た瑠美に二人で勉強しているのがバレた日から、この3人でも不思議な勉強会は始まった。「明日から私も参加しますからっ!!!!!」と宣言するとすぐに出て行った瑠美に、今日で俺が飾森さんの手助けをするのは終わりだと伝え誤解を解こうとしたのだが、一向に信じてくれなかったのだ。
「だいたい桜先輩は周りをキョロキョロし過ぎなんです! あとさりげなく悠馬先輩に近づかないでくださいって何度言ったら……」
「むっ。それ、瑠美ちゃんもだよね? 私に教えてくれるときはシャーペンで遠くから説明してるだけなのに、皐月くんにはわざわざ利き手じゃないほうから近づいて……」
「(いいから二人とも3日後に期末試験があることを思い出してくれぇぇぇぇ)」
と俺は心の中で叫ぶものの、ここ数日の経験からこの二人の諍い(……じゃれあい?)に割り込むとロクなことがないことは身をもって知っていたので、知らぬ存ぜぬで手元にある世界史の資料集を読み込むしかできなかった。




