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先生って呼ばないでくださいっ!  作者: 矢崎慎也
第1章 俺、どうやら受験生になったらしい。
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Ep.1 E判定と秀才美少女③



「っ、すまん!」



 タッチの差ではあったが、俺の手は横から伸びてきた手にかぶさる形になっていた。



 つまり、「あらびき焼きそばソーセージパン」に先に触れたのは俺ではないということだ。悔しいが、ここでごねてもかっこ悪い。大人しく譲るべきだろう。



 渋々と手を引き上げ、競争の勝者の方を見ると、そこには美しいブロンドの髪を後ろで一つにまとめた、小柄な女の子が、手に入れたばかりのパンを両手でしっかりと抱え、こちらを見上げていた。



 綺麗だ。国語の偏差値が47の、貧困な俺のボキャブラリーから絞り出せたのは、そんなありふれた言葉が精一杯だった。今まで「美少女」や「可愛い子」とは同じクラスになったことがあったが、ここまで完成された「美」を持つ女の子に、俺は出会ったことがない。



 西洋のビスクドールを思わせるような、透きとおるほどの白い肌は、決して不健康なようには見えず、頬のあたりはほんのりと赤みが差している。先ほど一瞬とは言え触れた手からは確かな温もりが伝わってきて、彼女が人形なんかじゃないことは明らかなはずなのに、それでもなお、自分と同じ人間ではないのではないか、と疑わずにはいられなかった。



 そんな美しさを持ちながらも、近寄りがたい雰囲気は決してない。



 なにせ、身長が俺の肩にも頭が届かない程度なのだ。俺が180センチに満たないくらいだから……おそらく彼女は150センチもないだろう。表情にもこちらをうかがう小動物のような、庇護欲ひごよくき立てられる何かを感じる。



 高貴さというより、上品な可愛らしさが彼女には存在した。



(って、初対面の女の子に対して何考えてるんだ俺!)



 出会ったばかりの女の子の外見を、心の中で詳しく描写するなんて、まごうことなき変態である。気のせいかもしれないが、目の前にいる女の子の表情も強張っているようだし……



「あの……」

「いやすまない違うんだ俺は決して変態とか危ない人じゃないから!!!」

「っ……?」



 しまった。せっかく何か言いかけていたのをさえぎってしまった。というか、この子……



「えっと、君。2年生?」

「っ……」



 無言のままに、コクコクと首を縦にふる。



 整った顔立ちにばかり目がいってしまっていたが、足にも目を向けてみると、彼女が履いている上履きのつま先部分は緑色だった。



 白河高校では体操服、上履きといった持ち物は学年カラーがデザインされていることは多い。3年生は青、2年生は緑、1年生は赤といった具合である。彼女と並んで立っている俺の上履きの色が青色であることは、おそらく彼女も気が付いているだろう。



「……あ、あの……よろしければこれ、お譲りしましょうか? 私、他のパンも食べたいと思っていたところなので……」



 彼女は、おずおずとそう申し出た。



 やはりそう来るか。上履きの色から俺が上級生であることに気づいた彼女は、自分が先輩を差し置いて、残り一つだったパンを取ってしまったことに気後れを覚えているのだろう。



 だが、購買においては上級生も下級生も関係ない。早く手に入れた者が勝者な、弱肉強食の世界なのである。



 気にしなくていい、との意味を込め、



「いや、いいよ」



 と彼女に断りを入れ、自分は何か別の昼食を探すべくその場を離れようとしたのだが、



「っ……すみません! ほんとすみません! あの、これここに置いておきますので是非先輩がお食べになってください!」



 こちらが何か言葉を発する前に、頭を大きく下げると彼女はせっかく手に入れたパンを陳列されていた元の位置に戻し、走って購買部から出て行ってしまった。



 一瞬ポカンとした俺は、すぐに我に返って心の中で絶叫した。



(しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……! 完全に対応をミスったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!)



 ぶっきらぼうな顔をした上級生に無表情に「いや、いい」などと言われても、はいそうですかと言いそうなタイプでないことはわずかな会話からも察していた。



 しかし、小さいときから「不愛想」「声に感情が乗っていない」と評されることが多い自分は、簡単に変えられるものではないのだ。



(あの子、絶対俺が不機嫌だって誤解したよなぁ……)



 恐る恐る周りを見回すと、学年問わず非難の視線が俺に突き刺さっていた。それはそうだ。端から見れば、自分は後輩の女の子を威圧してパンを譲らせたひどい先輩なのだから。



 せっかく彼女が譲ってくれたのに申し訳ないが、なんとなくこのままそのパンを買うのは気が引けたので、俺は周囲に顔が見えないように俯きながら足早に購買を出ることにした。



_________



「ああ、それ2年の音羽さんじゃないか? 5組の音羽瑠美おとわるみさん」



 購買から帰ってきたにもかかわらず、手に何も食糧を持ってない俺にいぶかしげな視線を向けてきたハルトに事のあらましを説明すると、そんな第一声が帰ってきた。



「音羽さん?」

「ああ。確か、お母さんが外国の方だとか。金髪でえらい可愛い子がうちの高校に来たもんだって、去年の入学式の後くらいに話題になってだぞ」



 まぁ、あれだけ可愛ければ話題に上がらないほうがおかしい。たった一回あっただけなのに、彼女の美しい容姿はまだ俺の脳裏に鮮明に思い出せる。



 にしても……



「そうか……そんな子にパンを譲らせておいて結局買わずに帰ってくるなんて、何やってんだ……」



 うじうじと後悔する俺をけらけらと笑いながらハルトは、



「いや~音羽さん、可愛いだけじゃなくて勉強の方もすごいらしいぜ。なんでも、1年の2月に行われた全国レベルの模試で、総合7位だったとか。模試の後に配られる冊子の成績優秀者欄に名前が載ってたって、知り合いの後輩が前に話してたぞ」



 なんと。やっぱり彼女は俺と同じ人間ではなかったらしい。少なくとも、頭の構造において。



 後輩にパンを譲らせてしまったという罪悪感を抱き、しかも結局昼食を食べ損ねるという散々な昼休みになってしまった。



次の体育の授業に備え、スクールバッグから体操服とジャージを取り出しながら、



(音羽さんはちゃんと昼ご飯を食べれたのか……)



 と俺は少し心配になった。


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