Ep.4 心機一転?形勢逆転?④
で、こういうことになった訳でして。
「なんで⁉ 皐月くんは『私と一緒に』勉強してくれるって言ったもん!」
「そ、それは勘違いだと思います! 悠馬先輩は私と一緒に図書館に行くんです! いつもみたいに!」
……うん。突っ込みたいところが山ほどあるのは分かる。「なんで引っ込み思案の瑠美が飾森さん相手に喧嘩腰なの⁉」とか、「俺、飾森さんに一緒に勉強しようなんて言ったっけ……」とか、俺の頭の中も疑問符の大洪水が起きてますよ。
「えーっと、お二人さん? 少し落ち着いて状況の整理を……」
「「先輩(皐月くん)はちょっと黙ってて!!!」」
「……はい」
なんでだろう。当事者なのに蚊帳の外に置かれているこの感じ。まるで自分の家で遊んでるのに、友達二人がゲーム機のコントローラーを独占しているかのような寂寥感がある。
「(どうしてこうなった……)」
何回思い返しても、俺に落ち度はない……と思われる。
「(結局、飾森さんの質問に答えている間に昼休みが終わったから、放課後になってから俺は借りようと思っていたセンター試験の過去問を探しに図書室に来た。で、何故かそこには飾森さんがいて、「来てくれたんだ!」って感極まった様子で……?)」
その時の彼女が纏っていた雰囲気は、生き別れの夫に出会えた妻のものと大差なかった気がする。いや、そんな場面に出くわしたことはないんだけど。
そして、司書室に連れ込まれそうになったところで瑠美がやってきて今の状況に至った訳だ。瑠美は「先輩は私と図書館で勉強するんです!」、飾森さんは「皐月君は私に勉強の続きを教えてくれるんだよ!」と、両者一歩も譲りません。
「はい、ストーップ。図書室で騒ぐのは、どう考えても良くないことだよな。まして、図書委員自らするなんて」
「う……」
騒ぎ過ぎたという自覚はあるのか、後ろめたい表情で室内をそろりと見渡す飾森さん。幸い、俺たちと司書の先生(そろそろ定年と噂の、穏やかそうなおばあちゃん先生だ)しかいない。
「あらららら、若いって素敵ねぇ」
「「ご、ごめんなさい」」
先生は怒ってはいなさそうだが、悪いことをしたら謝るのは当然だ。ぺこり、と二人揃ってしっかり腰を折って謝罪した。
場もひとまず落ち着いたことだし、俺はさっきから気になってたことを飾森さんに尋ねた。
「で、飾森さん。その、俺、放課後に勉強を教えるなんて約束したっけ……?」
昼休みが終わってからは、一切彼女と会話はしてなかったはずだ。少なくとも、俺の記憶上。あ、いや、6限の教科書を忘れたときに見せてくれるようお願いしたくらいか。いつの間にか俺の後ろに回り込んでた瑠美が、それみたことかという顔をしてる。なんか若干キャラ壊れてないか……?
「えっ、皐月くん、手紙見てくれたんじゃないの……?」
「え? 手紙?」
「うん。確かに教科書に挟んで……」
「教科書?」
肩にかけていた鞄を一度床に下ろし、その中から教科書類を取り出す。俺の前後に飾森さんと瑠美が仁王立ち(?)しているため変なプレッシャーを感じながらガサゴソしていると、
「あ、それだよ!」
「この白いのか……って、これ2限の現代文の教科書かよ!!!!!」
そりゃ昼休み以降に開く訳ないのだから、気づくはずがない。
「え、でも美樹ちゃんが『直接渡しにくいなら教科書とかに挟めば?』って……」
「うん。その後に使うであろう教科書にって意味だろうね」
「でも、5限は体育だったし、6限の授業は皐月くん教科書忘れてたから……」
「うっ」
なんかそう言われると、俺も悪かった気がしなくも……
「騙されちゃだめです、悠馬先輩! 気づかれないうちに仕込まれたんだから、先輩は全く悪くないですよ!」
「……そうだよなっ!」
騙されるところだった。あぶねぇ。
「ほら、先輩早く図書館行きましょう! 早くしないと席埋まっちゃいますよ!」
「え、ちょっと二人とも図書館って」
「ほーら、先輩急ぎましょう!」
飾森さんの声を完全に無視して、俺の腕をつかんでぐいぐい引っ張っていく瑠美。
「飾森さん、ごめん! 放課後は予定あるから、また明日の昼休みに!」
「えーーーー!」
明らかに悲しそうな顔をされたが、瑠美との勉強が先約―約束してたかはさておき―なのは確かだ。というより、今の瑠美に逆らうのは非常におっかない。「大人しい? 何それ?」と言わんばかりに、彼女のブロンドの髪が心なしか逆立っているように感じられた。
「もう……明日、絶対だからね!」
「お、おう!」
俺が答えるのとほぼ同時に、瑠美に引きずられたまま図書室から退出。というか、さっきから、彼女の胸に抱かれた俺の腕が、幸せな感触やら物理的に引っ張られる力やらで大変なことになっているんだが。
「る、瑠美? もう自分の足で歩けるから……」
「…………」
無反応。いや、今までいろんな表情の瑠美を見てきたけど、これは初めてみる「怒り」という表情なのでは。
「えーっと、今週末にまたパフェでも食べに行くか?」
どうすれば良いか分からず、食べ物での懐柔を試みる。甘いものは好きみたいだし、もしかしたら……
「……いいえ、大丈夫です」
「あ、はい。すみません」
あえなく撃沈される。
そのとき彼女はつかんでいた俺の腕をパッと離した。気が付けばもう2年生の昇降口がある2階まで下りてきていたようだ。
「じゃあ、正門で待ってるか……」
「……ジェラート」
「へ?」
「……パフェじゃなくて、ジェラートでしたら、一緒に食べに行きたいです」
彼女は俺より前にいるから表情までは見えないが、後ろから見える可愛らしい耳は真っ赤に染まっていた。
「あ、ああ。瑠美がそれでいいなら」
突然の提案に少し驚きながら承諾すると、ようやく彼女はこちらを振り向き、
「ふふ、約束、しましたからね」
と悪戯っぽい表情を浮かべて自分の下駄箱の方へ駆け足で向かって行った。




