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先生って呼ばないでくださいっ!  作者: 矢崎慎也
第1章 俺、どうやら受験生になったらしい。
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Ep.3 はじめての中間テスト⑩



「あ、先輩。そこ間違ってますよ」

「まじか、どこだ?」

「問1の⑶の問題です。そこは係助詞の「や」が使われているので疑問か反語の意味で……って、どうかしましたか?」



 週末、俺と瑠美・・はいつもの図書館に来ていた。場所はすっかり俺たちの指定席になった休憩室のテーブルだ。



 俺の手元にある参考書を見るために、彼女はグイッと顔を俺の方に近づけてきた。香水でもつけているのだろうか、甘い香りがすぐそばから感じられて落ちつかない気分になる。



 その上、このけしからん状況に気づいていないのか、無垢な瞳で俺を見上げている。理性がガリガリと削られる音が聞こえた気がした。



「いや、なんでもない」

「そうですか? もう中間試験まであと10日くらいですから、頑張らないとダメですよ悠馬・・先輩」



 思わずドキッとするような笑顔を浮かべ、俺に発破はっぱをかけてくる。



(瑠美と一緒に勉強するのは、効率がいいのか悪いのか……)



 途切れそうになった集中力をなんとか持ち直させ、俺は指摘された古文の和訳問題に意識を傾け、無い脳みそを振り絞って解答を作り始めた。



___________



 彼女の過去を知ってから、俺と音羽さんの距離がぐっと縮まったかと言えば、そうでもない。



 結局、あの日は落ちついた瑠美が「そろそろ、帰りましょうか」と言ったことでお開きになった。どこか気まずい思いはあったが、翌日に図書館で会ったときには普段通りに接することができた、と思う。ただ、



「……っ」

「ん?」

「い、いえ……」



 今、瑠美は眼鏡をかけていない。これまで、勉強を教えるときはいつも眼鏡モードだったのだが、何か心境の変化があったのだろうか。そして、時々俺の方を見ては顔を赤くしている。



(もしかして、あの時のことを……)



 ダメだ、思い出したら俺まで頬が火照ってきた。勢いで彼女のことを抱きしめたはいいけど、その後のことなんかなんも考えちゃいなかった。普段通りを装っても、ふとした拍子に動揺が蘇ってしまう。



 なんとかその動揺が顔に出ないように、俺は勉強に関する質問をすることで気持ちを誤魔かす。



「あー、『師の前にて一つをおろかにせんと思わんや』の『や』が係助詞なんだよな。……係助詞って、『ぞ』『なむ』『や』『か』『こそ』の5つだったよな?」

「そ、そうです! 『ぞ』『なむ』『こそ』は文の意味を強める働きがある一方、『や』と『か』は相手への疑問か、もしくは」

「疑問と形は一緒だけど、言った人が既に答えを知っている「反語」だよな」

「その通りです!」



 彼女もちょうど大学入試の古典を解いていたところなのだろうか、自分のテキストから顔を上げて答えてくれる。



 にしても、俺が解いているよりも難しそうな問題を前にシャーペンがすらすらと……もしかして、さほど難しくはないのだろうか。



「ちょっとそれ見てもいい?」

「あ、はい!」



 テキストを受け取ろうとする俺の手と、そして差し出してきた瑠美の手が少し触れた瞬間、



「「っ!」」



 お互いに慌てて手を引っ込める。訂正、全然普段通りをよそおえてませんでした。



 「瑠美でいいですよ」と言われたのは、あの日の別れ際だった。翌日から、彼女は俺のことを「皐月先輩」ではなく「悠馬先輩」と呼ぶようになったので、俺も合わせるように呼び方を変えたんだが……



(慣れねぇぇぇぇぇぇ!!!)



 というか純粋に恥ずかしい。下の名前で呼ぶ女の子なんて妹の汐音くらいだったし、そもそも俺は女友達が多くない。いわゆるウェイと呼ばれる人種が何のてらいもなく女の子を下の名前呼びしているのを見る度にむずがゆさを感じていたくらいだ。



「悠馬先輩、その……」



 心の中でもだえていると、再びテキストをおずおずとこちらに差し出してくる瑠美。今度は手が重ならないように注意しながら受け取った。



「「ふぅ」」



 同時に安堵のため息をもらす。お互いにきょとんと顔を見合わせ、おかしくなって笑ってしまった。



「にしても……このテキストって」

「あ、はい。レベルとしてはセンター試験と同程度のものですね」



 あれ、と思った。



「音羽さん、この前大学入試の過去問解いてなかった? あの赤色の」

「は、はい。初めて一緒に図書館に行った日ですよね?」

「そうそう。大学入試の過去問も解けるくらいなら、今更センター試験なんか練習する必要なくないか?」



 そういうと、眼鏡が無いにもかかわらず彼女のスイッチが入った音が聞こえたような気がした。



「先輩、さてはセンター試験を舐めてますね?」



 ギクッ。



「いや、でも仮にも明央とか立習院を目指そうとするならセンターくらい……」

「甘いですっ!!!」



 立ち上がった瑠美はビシッと俺を指さす。



「センター試験を舐めていて、痛い目に合う人は毎年かなりの数いるんですよ」

「それって、マークミスとかそういう話じゃなくて?」

「もちろんそれもあります。でも、「センター試験は60万人もの人がいるんだから、難しい問題は出ない!」と勘違いしている人が多いことが大きな原因です」



 ジトッと俺の方を見てくる。あぶねぇ、今気づかせてもらって良かった。



「じゃあ、センター試験は入試問題より難しいのもあるのか?」

「そうですね。もちろん大学のレベルにもよりますが、いわゆる有名私大と呼ばれるようなところで出題されるのと同等レベルの問題も毎年のように出ています」

「なるほどなぁ」



 思い返してみれば、学校の授業でセンター試験の過去問を解かされた時に簡単だったという印象はない。俺が勉強不足なだけだと思ってたんだが、どうもそうではなかったらしい。センター試験は私立大学の入試よりも一か月弱早い、1月の半ばに行われる。



 勉強できる期間が短くなった、と落胆している俺を「でも、心配しなくても大丈夫ですよ!」と慰めてくれる瑠美。



「たとえば……悠馬先輩、さっき現代語訳しようしてたのってどの部分でしたっけ?」

「ああ、『師の前にて一つをおろかにせんと思わんや』ってとこだな。でも、センター試験ってマーク試験だよな。和訳問題なんて出るのか?」

「はい。センター試験では現代語訳を書かせるのではなく、『解釈として最も適当なものを選べ』という形での出題ですが、毎年15点分出題されてます」



 国語全体の点数は200点だが、そのうち古文の点数は50点だったはずだ。そのうちの15点というと30%……決して低い数字ではない。 



 (少なくとも俺にとっては)難解な古文とのにらめっこをしていると、瑠美は「ふふっ」とほほ笑んでこう告げた。



「いい機会ですし、定期テストでも役立つ古文の勉強のコツを教えちゃいます!」


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