Ep.1 E判定と秀才美少女②
「軽やかにペンを走らせた」なんてかっこつけてみたところで、全く解ける気がしない。
そもそも、英語は今回の模試でも200点満点で38点。惨憺さんたんたる結果だった俺のニガテ科目だ。
(高校受験のときは得意科目、とは言えないまでもそこまでのニガテ意識はなかったんだけどなぁ……)
そうこうしている内に、英語の小川先生が入室してくるのが視界の端に映った。
小川先生は恰幅の良い中年のおばさん教師だ。授業中しょっちゅう雑談へと話が逸れ、肝心な授業は早口かつ省略気味。にも拘わらず、一度指名した生徒が質問に答えられないと正解するまで当て続ける。大変失礼ではあるが、生徒の中での人気がすこぶる低い。
「何卒本日も指名されずに済みますよう……」
小声で祈っていると、授業開始の号令をかけるよう日直に指示していた教壇の上の小川先生と目があった、気がする。非常に嫌な予感。
「きりーつ。気を付け。礼」
号令が終わるや否や、小川先生は今日も元気に「処刑」を始めた。
「じゃあ宿題の確認をします。今日は4月の11日……だから出席番号9番の皐月悠馬、大問1の答えを黒板に書きなさい」
……いや出席番号関係ないじゃん。
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なんとか小川先生の処刑をかいくぐり(隣の席の女子にいくつか答えを見せてもらったが)、その後の授業は机に突っ伏すことでスキップして、無事昼休みに突入した。
いや、時計を見ると、昼休みまでまだあと5分ほどある。寝ていたため気が付かなかったが、4限の授業の先生は授業を早めに終わらせてくれたようである。ありがたい。
「悠馬、お前今日弁当持ってきてんの?」
ハルトが授業間の休み時間に購買で買ったパンと飲み物を片手にこちらへ近づいてくる。
「あぁ。いつも通り……ってああああああああああああああああああああああ」
「どうしたんだよ、そんな絶叫するビーバーみたいな声出して」
いや絶叫するビーバーはもっとこう、迫力が違うというか……ってそうじゃなくて。
「弁当家に忘れた……」
「ははっ、新学期早々気が緩んでるぞ悠馬きゅん♡」
果てしなくウザ&キモイ。一瞬だけ食欲が失せた。
とはいえ、このままこいつが美味しそうにうちの購買部特製、「あらびき焼きそばソーセージパン」を頬張っている様子を見るなど、到底我慢できそうにない。
「ブルーベリーおにぎり」や「チリソース肉まん」などの珍商品(注:とてもマズイ)を多く作り出してきたうちの購買部が、昨年になってようやく出したヒット作である。辛さとジューシーなソーセージが売りのこの商品は、一日限定50食で、昼休みに入ってから買いに行っても売り切れていることがほとんどだ。
しかも、昼休み明け一発目の授業は体育の長距離走。
あまりお腹に入れすぎるのも良くないが、空腹では走っている内に力尽きてしまうだろう。こんなところで余計な出費をするのはあまり気が進まないが、仕方がない。勉強料である。
「はぁ。俺もなんか買ってくるわ」
「おいよーいってらー」
パンを頬張りながら手だけを振るハルトを教室に残し、小銭がいくらか入った財布を片手に俺は教室を出た。
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ちょうど他のクラスの授業も終わったところだったのだろうか、購買部はかなり人だかりが出来ていた。
人混みをかき分けながら特製パンコーナーにたどり着くと、そこにはお目当ての、ハルトが美味しそうに頬張っていた「あらびき焼きそばソーセージパン」が残機1の状態で陳列されている。ギリギリセーフ!
「よっしゃ!」「やったぁ!」
パンに向かって迷わず伸ばした俺の手は、真横からするりと伸びてきた細く白い手と重なった。