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先生って呼ばないでくださいっ!  作者: 矢崎慎也
第1章 俺、どうやら受験生になったらしい。
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Ep.3 はじめての中間テスト④



「ふぅ……もうお腹いっぱいですぅ……」

「だな……俺も今日は夜ご飯いらない気がしてきた」



 数十分にわたる格闘の結果、なんとかレインボーコットンキャンディパフェは俺たち二人のお腹に完全収納された。



 食べる進めると味が変わっていくため飽きることはなかったんだが、そもそも俺も音羽さんも大食いの部類ではない。途中途中、胃を休ませながら食べていたが、終盤に辛くなるのはやはり避けることができなかった。



「でも、とっても美味しかったです! 特に、ブルーハワイのゼリーのところが……」



 目をキラキラさせながら感想について語り始める音羽さん。眼鏡をかけていないにも関わらず、こんなに饒舌になっているなんて、本当にご満悦なのだろう。



(連れてきて良かったな。やっぱり)



 ちょっとズルというか、約束破りではあったが、そんなのはこの笑顔の前では些細な問題だ。よどみなく話し続ける彼女に適度に相槌あいづちを打ちながら、俺は自分の選択を讃えた。



「っと、もうこんな時間か」



 時計を見るとそろそろ18時になろうとするところだった。店の外にも、入店待ちの列が出来ているようだ。



「あんまり遅くなるのも良くないし、今日は帰ろうか」

「そうですね、駅までご一緒しましょうか」



 音羽さんの家は、俺が使っている最寄り駅からは少し遠い。このショッピングモールに一番近い駅のところにあるバス停から、バスで帰るのが早いとのことだ。



 彼女の横に並んで歩きながら、俺はぼーっと道行く人を見つめる。コートを着ている人はほとんどいない。もう少ししたら、半袖のシャツを着る人も目に入ってくるようになる時期だ。



 もう衣替えかぁ、と季節の移り変わりをしみじみと感じている俺に、



「そういえば、再来週が中間テストですね」



 と音羽さんが話しかけてきた。



「あー、もうそんな時期か。もう3年目なんだけど、未だに慣れないんだよな。あのテスト前独特の雰囲気」

「あはは……確かに、普段勉強していないような方が徹夜で勉強してたりしますもんね」



 「俺も普段勉強していなかったけど、徹夜すらしなかったな」という程度の低い自慢はなんとか自分の中に押し込めた。こんなことを言ったところで、何も良いことはないだろうし。



「かったるいなぁ……ってあれ。でも受験生って普段から受験勉強してるぞ? 別に受験で内申を使うつもりはないし、定期テストは特に対策しなくてもいいん……だよな?」



 言っている途中から自信がなくなり、最後の方は完全に音羽さんに向けての疑問文になってしまった。



 音羽さんはその綺麗なおとがいに人差し指を軽く当てながら、少し悩んでいる様子で俺の疑問を聞いていたが、「あくまで私の意見なんですが……」と前置きした上でこう答えた。



「私は……その、受験生でも定期テストの勉強はちゃんとするべきだと思います。定期テストは範囲が絞られている分、その範囲を完璧にすれば受験勉強でも役立ちますし」

「なるほどなぁ。確かに、世界史は今学校でやっている範囲ってよく入試に出るらしいし、いい機会だから細かいところまで暗記するか……ちなみに、現代社会とか地理とか、受験で使わない科目もやっぱり勉強しなきゃダメか?」



 知っていると良いことはあるだろうが、入試では科目をまたいでの出題なんてほとんどない。そこに割ける時間があるなら、受験で使う国語か世界史か英語に費やしたいところだ。



 俺の質問を聞いた音羽さんは、「確かに勿体ない感じはしますよね」と苦笑する。ただ、と言葉を続けた。



「地理と世界史の現代史と現代社会なんかは、科目こそ違いますが、世界史とかなり似通った部分も」

「アレぇ? もしかして瑠美ぃ?」



 音羽さんが喋っているのを遮って話しかけてきたのは、俺と同い年くらいで髪の毛を明るい茶色に染めた、いわゆるギャルっぽい女の子だった。女子の中でも小柄な音羽さんを見下ろすように立つこの子の伸長は、汐音より少し低いくらいだろうか。



「あ、あやちゃん……」

「え、ウソマジ偶然じゃん!」



 キャッキャと音羽さんの前でたわむれる彼女の視界は、全くこちらに向いていない。おそらく、気づいていないというより認識すらされていないだろう、俺。



「どう、して……ここに?」

「瑠美、地元民だし知ってるっしょ? なんか虹色の綿あめが付いたパフェが今日まで割り引きセールなんだってさ。姉貴とその友達が絶品って言ってたから、来てみたってワケ」



 知ってるも何も、さっき食べてきたアレのことだろう。そんなに人気だったのか。



「そしたらまさか瑠美に出会えるなんてねぇ。あ、瑠美ライン交換しよ。あたしこの前変えたときにデータぶっ飛んじゃってさぁ」

「う、うん」



 彼女と話す音羽さんの様子は、一見いつもどおりに見えなくもないが、俺は微かに違和感を覚えた。なんだろう、何かがいつもと違う……。



「え、瑠美まだこのトプ画なのぉ? これダサいから変えようって前も言ったじゃん。いま、全然流行ってないよそのあざらし」

「あ……そうだった、ね。ごめん、忘れてて……」



 もやもやの正体が少しはっきりした気がする。音羽さんは、「あやちゃん」と呼んだその女の子を怖がっている。ふだんの人と「話すこと」が怖いと言った様子ではなく、「話し相手が怖い」という感じだ。



「おと……」

「ん? 瑠美、あの人知り合い?」



 声をかけようとした俺を目ざとく見つけた「あやちゃん」は、そんな質問をする。



「う、うん。高校の先輩で……」



 そう彼女が答えると、一瞬きょとんとしたあと、彼女はお腹を抱えて大声で笑いだした。



「ふ、ふふっっっ…………ひひっははっははっ!!!」

「……あ、あやちゃん?」



 突然の彼女の奇行に、周囲の人も少し立ち止まる。心配そうに、そしてやはり何かを恐れるように音羽さんが声をかけると、彼女は「ひ、ひぃ……お腹が痛くなっちゃった」とぼやきながら、音羽さんに向けて気味が悪いほどの笑顔を向けて言った。



「瑠美、まーだやってんだ! しかも今度は先輩にぃ?」

「ち、ちがうよ! 皐月先輩はただ……」

「リンカとかナツコが聞いたらなんて言うだろうねぇ? ふふ、わざわざ聞かなくても分かるよね、「音羽先生」は」

「……っ! や、やめてくださ」



 音羽さんが制止するのに一歩先んじて「あやちゃん」は、心なしか俺の方に向かって、



「勉強を口実に男と遊びまくるビッチだもんねぇ?」



 そう言葉を発した。音羽さんを傷つけようという明確な悪意が、そこにはあった。


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