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先生って呼ばないでくださいっ!  作者: 矢崎慎也
第1章 俺、どうやら受験生になったらしい。
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Ep.3 はじめての中間テスト③


 「9割ぐらいとってやるわ!!!」と高揚したテンションでテストに臨んだ俺は、あと1問というところで賭けが敗北に終わった現実を前に打ちひしがれることしかできない。



「惜しかったんだけどなぁ……」

「2週間ほど前まで文法について全然知識が無かったのに、ここまで出来るようになったのは本当にすごいんですよっ!」



 「さすが皐月先輩ですぅ!」と、音羽さんは小テストの結果をかなり高く評価してくれる。確かに、頭の中に文法テキストの内容を全部詰め込むぐらいの勢いで勉強してきたからな。数週間前までの壊滅的レベルから考えれば、信じられないほどの成長を遂げてるかもしれない。



(まぁ、それでも9割には届かなかったんだけどな……)



 「努力は必ずしも報われるとは限らない」という貴重な教訓を得られたのでよしとしよう、と俺はポジティブに考え、小テストの復習のために使っていたテキストを鞄にしまう。時計を見るとまだ15時になっていない。



「音羽さんは、このままここで勉強する?」

「はいっ、そのつもりですよ?」

「そっか。じゃあ、俺ももう少し頑張っていくよ」



 次は何の教科を勉強しようかと鞄の中を漁り始めたときに、閉館時以外は滅多に聞くことがない館内放送が流れ始めた。



『本日、臨時の館内清掃を行いますので、15時をもって閉館とさせていただきます。ご来館のお客様は……』



「ん? 館内清掃、今日やるなんて張り紙してあったっけ」

「いえ、私は見ていないですね……」



 知らなかったとはいえ、こちらは無料で自習室代わりに利用させていただいている身の上。帰るよううながされたならば、それに従うほかない。



 音羽さんと顔を見合わせて首を傾げた後、俺たちは速やかに荷物をまとめて図書館を後にした。



___________



 外に出ると、辺りは暖かな陽だまりになっていた。最近カレンダーを見ていなかったが、気がつけばもう5月。進級してから1か月近くは経っている。



「ここ1か月だけで、今までの高校2年間よりもずっと勉強した気がするな……」

「ふふっ、特に英語はそうかもしれませんね。皐月先輩、いつも頑張っていらっしゃいますし」



 俺の何気ない呟きにも律義に反応してくれる音羽さん。図書館を出た際に眼鏡は外しているが、最近俺の前でもじもじとすることは少なった気がする。



 少しは音羽さんも俺に慣れてくれたんだろうか、なんて考えながら、他愛も無い話をしつつ音羽さんが乗るバスの停留所の方に向かって二人で歩いていると、楽しそうに騒いでいる女子集団(私服だが、たぶん高校生だろう)が前から歩いてくるのに気づいた。



「ねぇ、聞いた? あの「虹色綿菓子パフェ」の話!」

「知ってる! 桃子がこの前食べたって言ってたけど、マジで良かったんだって」

「へぇ。え、今から行っちゃう?」

「えー、アリだけどさっきクレープ食べたから今はムリ!」



 などと、おしゃべりをしながら俺たちの横を通り過ぎて行った。



「……やっぱり、人気なんですね」

「……みたいだな」



 彼女たちが話していた「虹色綿菓子パフェ」、おそらく音羽さんが惹かれていた「レインボーコットンキャンディパフェ」と同一の物だろう。というか、日本語に翻訳しただけじゃん。



(パフェって日本語にしたらどうなるんだろう。西洋風あんみつ……とか?)



 下らないことを考えながらふと音羽さんの方を見ると、彼女もちょうどこっちを見上げたところだった。「「な、なんでもない(ですっ)!」」と言ってお互いに顔を元の位置に戻したが、顔に上った血ばかりはどうしようもない。頬が赤く染まっているのを自分でも感じるくらいだ。



(そうだよな。音羽さんの方が、楽しみにしてたに決まってるよな)



 ふと見えた彼女の横顔からは、やっぱり諦めきれないというか、まだ未練があるような気持ちが読み取れた。意外ではない。彼女が勉強以外にあれほどの興味を示したのを、俺は見たことがなかった。ここ数週間、毎日一緒に勉強していて、時折雑談もしているにも関わらず。



 割り引きをしている期間は今日まで。これを逃すと、なんだか行きづらくなる気がした。しかも、図書館の閉館が早かったおかげで、ショッピングモールの閉店時間まではまだまだ時間がある。



「音羽さん!」

「はっ、はい! なんでしょうか!」

「さっきのテスト、最後の問題って半分くらい当たってたよな?」

「えっ、ええ……二か所のうち、片方は見つけられてましたし……」

「ってことは、半分くらいの点数は入ってもいいよな。すると、小テスト全体では8割5分……四捨五入すると9割って言えるんじゃないか!?」



 我ながら呆れてしまうくらい無茶苦茶な理論だ。一問10点なんだから、あの問題で半分の点数がもらえたとしても合計では85点。目標であった9割に届いてないという事実に変わりはない。



「……で、でも……賭けは……」



 どう反応したら良いのか分からず、たじたじしている音羽さん。もちろん、彼女も行きたいのだろう。俺がしっかりと点数を取っていれば気にせず行けただろうに、と思うと自分の不甲斐なさに泣きたくなる。



「ああ、確かに賭けは俺の負けだけど……次の、次の何かのテストでは必ず高得点を取る。だから……」



 8割の点数すら取れていなかったら。今日が割り引き期間の最終日じゃなかったら。女子高生達が話していなければ。もっと言えば、彼女がこうもパフェに惹かれていなければ、こんな提案はしなかっただろう。



 俺のために本当に色々なことをしてくれた音羽さんが喜んでくれるなら、という思いだけで俺はそう口にする。みっともないし、約束を破っていることは重々承知だが……



「……わかり、ました」



しばらくの逡巡の後、彼女から返ってきた返事は肯定だった。ただ、その表情は優れない。



「ごめんな、俺がちゃんとしてれば音羽さんが困る必要なんてなかったのに」

「いっ、いえ……でも……」



 一呼吸置いて、彼女は続けた。



「次からはもっと頑張らないとダメ、ですよ?」



 まるでお姉さんが不出来な弟を優しく注意するかのように、そう言った彼女は困り顔の中に隠しきれない喜びをたたえていた。



___________



「お待たせしました。レインボーコットンキャンディパフェです」



 そう言ってウェイトレスさんが持ってきてくれたパフェは、写真で見たときよりも存在感が増しているように思えた。あふれんばかりに積まれたフルーツに、いったいどんな着色料を使っているのか気にならずにはいられないほど綺麗な色をした綿あめ。間違いなく、インスタに載せたら映えるだろう。



「うわぁ……!」



 目の前に置かれたパフェを見て、抑えられず歓喜の声をもらす音羽さん。目がキラキラと、「もう食べてもいいです? いいですか?」と俺の方に向けられている。



 まるでお預けを食らった子犬みたいだな、と苦笑しながら「いいよ」と彼女に手をひらひらと振る。その次の瞬間、「いただきますっ」と言ったかと思えば一口、二口……次々と、すごいスピードで彼女の口にパフェが運ばれていった。



「ケホッ、けほっ……」

「お、おい、大丈夫か?」



 急いで食べるあまり、変なところに入ってしまったらしい。水を渡してあげると、それを受け取りクイッと飲み干す。少し落ち着いたようで、「すみません、お見苦しいところを……」と恐縮しながら、今度はゆっくりと、味わうようにパフェの山を切り崩していく。



 こんなに喜んでくれるなんて、連れてきて本当に良かった。そう思いながら、俺も水に口をつける。ちなみに、パフェは想像以上の大きさだったので一つしか注文しなかった。食べきれないだろう、と思ってのことだが、彼女の様子を見ていると一人でもペロリと平らげてしまいそうな勢いだ。



(あの小さい体のどこに入るんだろう……)



 と彼女の方を見ていると、その視線を勘違いしたのか、



「あ、先輩も是非どうぞですっ! グレープフルーツがパフェにとっても合っていますよ!」



 と彼女がスプーンで一口サイズのものを取って、俺に差し出してきた。



(んー!??!?!?!?!?!?!?!?)



 これは俗に言う「アーン」という奴なのか? こんなブロンドの美少女から? 俺が? そんなことあって良いのでしょうか、いや良くないでしょう。でも、せっかく差し出されたものを食べないなんて勿体ないと俺は思います。仕方がないのです。



 思考時間は0.1秒にも満たなかっただろう。彼女が差し出すスプーンの方に顔を近づけようとした刹那、彼女がスプーンの持ち手を俺の方に差し出してきた。



(なんだ、そういうことか……)



 安心したような、がっかりしたような、複雑な感情でそれを受け取り口に入れる。うん、生クリームと柑橘かんきつ系のフルーツが相性良く口の中で混ざり合っている。しかも、下にはゼリーの層、チョコチップの層が見えており、お楽しみはまだまだ続きそうだ。



「ありがとう」と彼女にスプーンを返す段になってはじめて、「ん、今のって間接キスなのでは……?」という思考が一瞬頭をよぎったが、精神の安定を保つためにも、俺は思考をどこかへ放りだした。


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