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先生って呼ばないでくださいっ!  作者: 矢崎慎也
第1章 俺、どうやら受験生になったらしい。
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Ep.3 はじめての中間テスト②



 予備校の体験期間が終わって以来、音羽さんは少なくない時間を俺のために割いてくれていた。



 解説を読んでも分からない問題の説明や、俺のニガテな単元を総復習するためのオリジナルプリントの作成。頼んだわけではないが、俺の学力が少しでも上がるように、と彼女は本当に色んなことをしてくれた。



 せめてものお礼に何かできないかと思っていたところに、ある日の夜、帰りのバスが来るのを待つ音羽さんがスマホを何やら物憂げな表情で見つめているのに気づいたのだ。



『音羽さん、どうかした?』

『え、あ、えっと……! 今、クラスの友達からLINEが送られてきて……』



 そう言って差し出された彼女のスマホを見ると、カラフルな巨大パフェの写真が画面に映っている。



『うわっ、なんだこれ!』

『二つとなりの駅の近くにあるショッピングモールに、新しくスイーツショップが出来たみたいなんです。開店記念セールで、この「レインボーコットンキャンディパフェ」がいつもより安くなってるみたいなんですが……』

『へー』



 甘いものがキライではないが、特段好きという訳でもない。というか、コットンキャンディってなんだ? コットンは「綿」で、キャンディは「アメ」だから……あ、綿あめか! ならそう書いておいて欲しい。



 ボリューミーな生クリームホイップにこれでもかと盛り付けられたフルーツ。極めつけは、商品名にもされているということはこの商品のイチオシなのだろう、パフェの上に鎮座する虹色の綿あめ。



(なんか、見てるだけで既にお腹いっぱいになりそうなんだけど……)



『行きたいなぁ、って前から思ってはいたんですが……なかなか機会が無くて。今度一緒に行こうってこの子と約束してたんですが、最近付き合い始めた彼氏さんに誘われて行っちゃったみたい、なんです』



 友情じゃ愛情には勝てませんよね、といって苦笑する音羽さん。至言である。



 なるほどな、と言って俺は、再び画面の中のパフェに視線を落とす。確かに量は多いが、様々なトッピングがあるため味に飽きることはないだろう。見た目も華やかだし、女子高生人気が出るのも頷ける。



『ちなみに、割り引きの期間っていつまでなんだ?』

『あ、えーっと……ゴールデンウィークの最終日までみたいです。……も、もしかして、先輩も、こういうのお好きなんですか?』

『いや、気にはなるけど……俺そんなに甘いものは好きじゃないから、食べきれるか不安だし』



 心なしか目を輝かせて聞いてきた音羽さんは、俺がそう答えると明らかにしょぼん、という顔になった。



(……ん? もしかして、一緒に行ける人を探していたのか?)



 思い違いだったら恥ずかしいが、もし本当にそう思ってるんだったら、ぜひ力になってあげたい。これだけ勉強関係ではお世話になっているんだし、ご飯……というかパフェ一回付き合うくらいじゃ大したお礼にはならないかもしれないが。



『その、俺で良かったら一緒に行くんだが……』

『ほ、本当ですかっ!?』



 思わずこっちがけ反るくらいに頭を俺の方にグイッと寄せてきた音羽さん。想像以上の食いつきだ。



『あ、す、すみません!』

『いや、大丈夫……』



 一歩下がって離れた音羽さんは、そう言って顔を真っ赤にした。なんだか、俺まで恥ずかしくなってきた。



 彼女があんなにも乗り気になってくれるなら、行かない手はないだろう。ゴールデンウィーク最終日までやっているとのことなので、いつ行くかの相談をしようとしたとき、



『で、でも……やっぱり大丈夫です! お気遣いいただいたのにすみません!』

『あ……うん。そっか』



 彼女の方からそう言われてしまった。少し寂しい。……いや、決して「せっかく彼女と二人で出かけられるチャンスだったのに!」なんて思ってはないんだからな。



 だが、続く彼女の言葉を聞いて、俺は考えを改めた。



『さ、皐月先輩、ゴールデンウィークは英文法に世界史の現代史に、古典単語……たくさん頑張らないとですもんね。私、いつかクラスの友達を誘って行くので、大丈夫です!』



 どこまでも、彼女は俺のことを優先してくれてる。だが、このままでは彼女への恩が天よりも高く積み重なってしまう。その前に、なんとか清算したいところだ。



『音羽さん、勉強の合間にも息抜きは必要だよな?』

『えっ!? そう、ですね?』

『だよな。俺もさっき写真を見せてもらってから、少し食べてみたいとは思ってたんだ。もし、音羽さんが俺と一緒に行くのが嫌じゃないんだったら、行ってみないか?』



 少しズルい言い方かもしれないが、このくらい言わないと彼女は自分の望みを後回しにし続けてしまうだろう。



 案の定「も、もちろん嫌じゃないです! でも……」と慌てて否定しながらも、まだうーんとうなっている。俺の勉強時間を奪ってしまうのではないか、と心配してくれているのだろう。



 そのとき、先ほど音羽さんにもらった英語の文法テストの存在を思い出した。1問10点で、100点満点の小テスト。結果は……0点ではなかった、とだけ。



 もしかしたら使えるかもしれない、と一つの考えが閃いた。勝負好きな汐音の影響もあって、うちの家ではよく使われている手法だ。



『音羽さん、今日渡してくれた英語の小テストみたいなのってまだあるか?』



 いきなり話題を変えた俺をきょとん、とした目で見ながらも彼女は首を縦に振る。



『じゃあ、ゴールデンウィークの最終日にもう一回挑戦したい。もしそこで、俺が高い点数を取れたら、ちゃんと勉強の成果が出てるってことだよな』

『はい、そうなります……ね』

『じゃあ、少しくらい息抜きをしても許されるんじゃないか?』



 珍しくニヤッとした俺を見て、音羽さんは俺が何を言おうとしているのかを察したらしい。だが、ふと何かを心配するような表情になる。



『でも、その……先輩今日のテスト……』

『ああ。だから、これからゴールデンウィークの最終日までは死に物狂いで勉強する。範囲はテキストに載ってる英文法全部だよな。なんとかして文法をマスターするから、もし俺がそれを達成できたら、ご褒美に一緒に行ってくれないか?』

『……分かりました。そうですね。9割の点数を取れていたら、英文法については十分だと思います』



 まぁそれなら、といった様子で俺の提案を受け入れる音羽さん。強引すぎたかな、と心配したが、彼女の口元は口調とは裏腹に嬉しそうな様子が抑えられていない。



『よし、賭け成立だな。頑張るから、楽しみにしといてくれ』

『は、はいっ! その……ありがとうございます、皐月先輩』



 恐縮そうに彼女はそう言ったが、楽しみにしていることが一目で分かった。俺が音羽さんのためにしてあげられることなんて、大してないからな。なんとしても、彼女を喜ばせてあげたい。



 やってやるぞ、という気持ちでそれからの勉強は頑張ったのだが……いやほんと、今までの俺からは考えられないほど集中もできてたし、彼女の分かりやすい説明を聞きながら毎日のように頑張ったんですけど……結果は、先ほどの通りである。

レインボーコットンキャンディパフェは実在します。先日食べてきました。

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