Ep.1 E判定と秀才美少女①
ヤバい。これはヤバい。
1限のホームルームの時間に返された模試の結果を見て、俺、皐月悠馬は文字通り頭を抱えた。
いや、頭を抱えるどころではなく、いっそ頭をもいで海に捨て去ってしまいたいほどの衝動にかられた。書いた志望校全てにおいてE判定をたたき出した、総合偏差値が42しかないこのポンコツな頭を。
「たしかに2年生のときは勉強サボってたとは言え、これはいくらなんでもないよな……」
「おっす悠馬。模試の結果はどうだったかしらん……って、うわぁ」
「おい人の結果を覗き見んなよ、ハルト」
干からびて死んだカエルを見たかのような反応をしたこのイケメン、名を浅野目晴斗という。
やや茶色がかった髪の毛をワックスで固め、校則では禁止されているピアスの穴を開けているこのチャラい男は、俺の中学校からの腐れ縁だ。別に今更成績なんて隠す必要はないのだが……
「そういうお前はどうだったんだよ」
「俺ぇ? まあいつも通り全部A判定ではあったけど?」
そう、このチャラ男。なぜだか勉強はできるのだ。ムカつくことに。
テスト前だというのに人をゲーセンに誘ったり、「宿題?そんなことより今はワールドカップだぜ!眠れぬ日が続く~よ~」と趣味を優先したり、相当気ままに生きているはずなのだが、試験でこいつに勝てたことは一度もない。
なんなら、高校受験の時も、「悠馬と同じ高校に行くかー!」とか言って、ノリと勢いで願書を出したにもかかわらず、入試当日の点は俺より遥かに高かったことが後日判明した。
嫉妬と尊敬が混ざったような感情を抱いている俺に、少し顔を真面目なものにしてハルトは問いかけてきた。
「にしても悠馬、お前どうすんだ? 受験は今年なんだぞ?」
「はあぁぁぁぁ……そうなんだよなぁ。もう3年生になっちまったんだよなぁ」
俺やハルトが通う白河高校は、偏差値60前半の県立高校。2年生のときに文理選択があり、俺もハルトも文系コースを選んだ。
まぁ俺は選んだというより、数学が壊滅的にできなかったから文系にならざるを得なかったんだけど。
「そろそろ志望校決めて受験勉強始めたほうがよさそうだぜ。俺もかろうじてA判定だったけど、数学はかなり点数ヤバかったし」
先ほどの余裕綽々な表情から一転、返却された模試結果を不満そうに見ながらハルトがつぶやいた。ハルトは俺と違って国立文系志望。つまり数学も受験で使わなければならない。
「担任の岡田も『受験はもう始まっている!』とかさっき言ってたしなぁ……。ハルト、お前予備校とか通うの?」
「ん? あぁ。実は駅の近くにある映像授業のとこに前から籍は置いてんだよ。最近全然行ってなかったけどな」
「そうだったのか。行った方がいいとは思うけど……」
語尾を濁す俺に、事情を察したハルトは困ったように髪を片手でクシャクシャと掻いた。
「まぁ、今年の悠馬んちの事情考えるとねぇ。予備校に行くってのは」
キーンコーンカーンコーン
ハルトが最後まで言い終わらないうちに、2限開始のチャイムが鳴り響いた。
「チッ、次小川の英語じゃん。予習も宿題もしてねぇぞくそったれ」とぼやき、ハルトは俺の席を離れ、自分の席に移動する。
悲惨な成績、じりじりと迫りくる受験。考えなければならないことは山ほどある。
しかしまずは、指名されて答えられなければずっと指名を続けてくるという、「公開処刑師」の異名を持つ小川先生の授業を無事に生き延びることが先決だ。
先生が来るまでのわずかな時間に、昨夜テレビ番組を見るために中断してしまった宿題を終わらせるべく、悠馬は軽やかにペンをノートに走らせた。