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先生って呼ばないでくださいっ!  作者: 矢崎慎也
第1章 俺、どうやら受験生になったらしい。
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Ep.2 勉強場所を確保せよ!⑨



 頭が痛い。こめかみのあたりがズキズキしてる。



「眠い……今日は早く家に帰って寝たい……」

「大丈夫か? お前、だいぶ顔色悪いぞ」



 心配そうに俺の顔をのぞき込むハルトに「平気平気」と空返事をして、座ったまま背筋を大きく伸ばしてみる。……うん、少しだけ眠気がとれた気がした。ほんの少しだが。



「あのなぁ。頑張ってるのは偉いと思うが、無茶して体調崩したら元も子も無いんだぞ」

「分かってるって。講座の方は全部終わったし、今日は英単語の勉強と学校の宿題終わったら帰るさ」

「まぁ、お前が大丈夫ってんなら大丈夫なんだろうけどよぉ……」



 ハルトは相変わらず気遣わしげな視線をこちらに向けていたが、自分の体調のことは自分が一番分かっているものだ。今日は閉室時刻ある22時まで塾に残ることはせず、早めに切り上げて家に帰れば、勉強時間も確保しつつ十分休養を取ることができるだろう。



「あ、すまんハルト。今日先に行っててくれ」

「用事あんのか? すぐ終わるなら待ってるぞ」

「古典演習の先生に少し質問にな。んー、どのくらい時間かかるか、ちょっと読めないな」

「りょーかい。んじゃあお先にハルト、いっきまーす!」



 手を飛行機の両翼のように(※ガン〇ムに翼はない)広げて教室を出て行くハルト。扉の辺りに差し掛かったときにもう一度こちらを振り返り、「絶対無理すんじゃねーぞ!」と叫んだかと思ったら、返事を聞くことなくそのまま走り去っていった。



 心配性な奴だなぁ、と思わず俺は苦笑した。本当に体調が悪かったら勉強する気もおきないだろう。あんまりこの状態が長続きするのは困るが、そもそも今まで勉強してこなかったツケが回ってきただけなのだ。



 疲労回復に良いのはアクエ〇アスだっけ、ポ〇リだっけ、などとどうでもいいことを考えながら鞄に教材を放り込み、俺は古典の先生を探すために職員室へ向かった。



___________



「ああ、松井先生? もう退勤したよ」



 職員室に入室し、古典の授業を担当している先生を探していると、入口近くの席に座っている別の先生からそんな言葉が返ってきた。そもそも職員室に残っている先生は数えられるほどだ。部活動の顧問に行っている人が多いのだろうか。



(俺が書いた記述の解答が合っているか聞きたかったんだけどなぁ。まぁ、いないものは仕方がないか)



「失礼しました」と言って職員室のドアを閉め、予備校へ移動するために昇降口へと向かおうとした時、廊下にペタッペタッという音が反響した。音の発信源の方向を見ると、そこにはどこか物憂げな顔をして歩いている音羽さんの姿が見えた。



「「あっ!」」



 存在に気付いたのは、向こうも同じくらいのタイミングだったのだろうか、驚きの声が見事にハモる。



 先週は全く会っていなかったから、実に1週間以上ぶりの再会だった。今日は髪を結ばずストレートにしていることもあって、なんだか前に会ったときよりも大人っぽい雰囲気がする。



「久しぶりだな」

「っ! は、はい。お久しぶりです……」



 うん。でもやっぱり音羽さんは音羽さんだな。俺に声をかけられてビクゥゥッと背筋を伸ばした瞬間、先ほどまで感じていた大人っぽさはどこかへ霧散して、代わりにいつもの小動物のような雰囲気がにじみ出てきた。



「俺はもう帰る……というか塾に行くけど、音羽さんは? 例の図書館に行くのか?」

「えっ? あ、はいっ、今から行こうかな、って思ってました……。その……えっと……」

「ん? どうした」

「あ、いえ! その……皐月先輩って塾に行かれてましたっけ、と少し思っただけで……すみません詮索(せんさく)のようなことを!」



 ペコペコと頭を下げる音羽さんに、もう何度目かも数えてないが「謝らなくていいから。大丈夫だ」と声をかけながら、



 (ああ、そうか。特に聞かれた訳でもなかったから、彼女には予備校の体験に行っていることを伝えてなかったんだった)



 なら彼女が知らないのも当然だ、と納得する。



「そうそう。友達が行ってる予備校の体験に通ってるところなんだ。先週の月曜日から、もう毎日通ってるんだが……って、音羽さんどうかした?」

「い、いえ! なんでもない、です……」



 俺が話している途中に、音羽さんが少しショックを受けたような、そんな顔をしたように思えたのだが、思い過ごしだろうか。



 廊下の壁時計を何気なく見やると、だいぶ時間が経っていた。



「って、やべぇそろそろ行かなきゃ! 音羽さん、それじゃあまた!」

「あ、は、はい! また……」



 俺は床に置いていた鞄を広い上げ、音羽さんにさっと別れを告げると、その返事を聞き終わる前に昇降口へ走り出した。こうしちゃいられない。今週で2000近くの英単語を覚えなくてはならないのだ。



 急いでいた俺は、背中の方で音羽さんが寂しげな表情をしていたのに気づくことができなかった。



___________



(無茶苦茶しんどくなってきた……頭が回ってねぇ……)



 予備校について、自習室で昨日もらったばかりの英単語プリントを開いたはいいものの、全然頭に入ってこない。目はさっきから同じページの中を何往復もしているが、単語のつづりどころか、日本語の意味すらも覚えられている気がしない。



 気分を切り替えようと学校の英語の宿題を取り出してみたが、倦怠感はぬぐえない。世界史、古典と科目を変えてみたが、結果は一緒だった。



(今日は……もう帰ろう。家に着いてから少し仮眠を取れば多少マシになるだろ) 



 来てからまだ20分も経っていないが、退散することにした。アルバイトのイケイケ系大学生が、「おっ、皐月君じゃ~ん。何、もう帰っちゃうの?」と馴れ馴れしく話しかけてきたが、まともに反応するだけの気力が無かったので「えぇ、まぁ」と雑に返事をして予備校を出る。



 寄り道もせず家につくと、夕飯を作っていた母親がバタバタと玄関まで迎えに来てくれたが、俺の顔を見るなり「ちょっと悠馬、顔色悪いわよ。夜ご飯までまだ時間あるからそれまで寝てなさい」と言ってきた。



 元々そうするつもりだった俺は、母親の言いつけに従って自室に向かい、ベッドに転がる。その次の瞬間には猛烈な眠気が押し寄せてきた。



(想像してたより……疲れてるのかな、俺……)



 「目が覚めたら英単語の勉強の続きやらなきゃ」とか、「やばい、明日の予習がまだ手付かずだ」とか、様々な考えが脳裏に浮かんでは消えていく。



(ハルトの言うこと、ちゃんと聞いておけば良かったな)



 その思考を最後に、悠馬の意識は完全にシャットダウンした。

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