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先生って呼ばないでくださいっ!  作者: 矢崎慎也
第1章 俺、どうやら受験生になったらしい。
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Ep.2 勉強場所を確保せよ!⑧

 長谷さんとの約束を守るため、俺はテキストが届いた月曜日の放課後から毎日のように塾に通った。



 学校の授業が終わるとすぐにハルトと共に予備校へ向かい、自習室のパソコンを使って90分の映像授業を2コマ受講する。それが終わると受けたばかりの授業の復習をしたり、理解度を確認するテストを受けたり、長谷さんに指示されたとおりに勉強に取り組んだ。22時の閉室の時間までずっと。



 土曜日。平日の疲れが溜まっていたのか、起きた時には11時近かったが、昼ご飯を食べると予備校へ行き授業を2つ消化できた。この時点で俺が受け終わった講座は12コマ。



 今日のうちにもう1コマ受講しておくことも考えたが、学校の宿題もしなければならないので、今日は2つで終わりにしておく。



(あと3つだ。あと3つ明日中に終わらせれば……!)



 そして迎えた日曜日の夕方。古文と世界史の授業は最後まで受け終わった。残るは「5日間で完成! 入試頻出の必須英文法」の5コマ目のみ。これさえ終われば、「日曜日までに全部の授業を受け終わる」という長谷さんとの約束は無事果たせたことになる。



 これで最後だ、と英語の授業の5コマ目を再生すると、パソコンの画面の中で講師が「関係詞」という単元についての解説している動画が流れ始めた。



 非常に聞き取りやすく明瞭な説明を講師はしているようだが、既に疲労が限界を迎えていた俺は、まるで催眠魔法をかけられているかのように、途中から聴覚が曖昧になり、視界もぼやけていく。



(眠い……ダメだ、ちゃんと起きないと……)



『それでですね、今日は関係副詞というものについて説明していくんですけども。まずはその前提である関係代名詞から説明していきますね』



 映像では、講師が黒板に「関係題名詞」と大きく書き、『I know the boy who is playing tennis in the park.』と例文を書き始めた。



(あれ……これ中学校時代にやった気がする。この単元は比較的得意だったな……確かあれだ、whichとかwhoとかを使って文をつなげるやつだ)



 既に自分が知っていることについて詳しく解説をしている講師をぼーっと眺めているうちに、悠馬は勢いを増す眠気との戦いから自分が撤退していることに気づかなかった。



___________



「……んん?」



 机に伏せていた顔を、少しうめきながら持ち上げると、頭がなんだかぼーっとしている。スリープ状態になっていた目の前のパソコンを起動すると、右下の時刻は19時20分を指していた。表示されている映像のプログレスバーは、既に授業時間の90分が終了していることを示していた。



(あー、俺寝落ちしてたのか。しかも授業の途中で……)



 映像授業だったことが幸いして、誰にもとがめられることはなかったようだ。この塾では数人の大学生がアルバイトとして働いているようだが、彼らの仕事は生徒の質問や進路相談に答えることが主で、自習室のパソコンブースの見回りをしている人はいないらしい。



 映像授業は、授業を受けると申請したその日のうちであれば何度でも見返すことが可能な仕様になっている。しかし、日曜日の今日は平日とは違い20時には予備校が閉室してしまうことと、この後に理解度を確認するテストを受けなければならないことを考えると、今からもう一度再生していては間に合わない。



 テキストをパラパラめくりながら、見逃がしてしまった部分でどのような内容を扱ったのか確認したが、どれも見たことがあるような、さほど難しい問題には思えなかった。



(この単元はもともと得意だったしな。あとで問題だけは一応解いておこう)



 不安が無い訳ではないが、大丈夫だろうと言い聞かせて自分を納得させる。



 こうして、悠馬は1週間で15コマの授業を受講し終えたのだった。



___________



「おめでとう、本当によく頑張ったね」



 理解度確認テストを受け終わって自主室から出てきた俺を、そう言って長谷さんはねぎらってくれた。



「どうだ。今週は毎日塾に来て勉強していたけど、受験生として正しい勉強の習慣は身に付いたかな?」

「ええ、まぁ」



 確かに、この1週間は今までの俺からは考えられないほど勉強していた。映像授業を受けていた時間と、その復習していた時間がほとんどだが、一日の勉強時間は5時間を余裕で超えていた。



(汐音と約束した「勉強のやり方を身に着ける」ってのはクリアかな)



「よし、それじゃあ今から来週のやるべきことについて伝えたいと思う」



 達成感にひたっている俺に向かって、長谷さんは少し真面目な顔を作ってこう続けた。



「君の模試の結果を先週見せてもらったが……やはり基礎の部分に穴があるね。受講した講座の復習をすることはもちろんだが、勉強の土台となる部分。たとえば、英語や古文の単語や世界史の年号といった知識を、この1週間で復習してほしいんだ」



 そう言うと長谷さんは、近くに来たアルバイトの女子学生を呼び止めて「事務室に置いてある茶色の封筒を持ってきてくれないか」と声を掛けた。しばらくして女子学生が戻ってくると、彼女から受け取った封筒の中身を俺に見せてきた。



「これは?」

「うちの予備校で使っている単語プリントだ。高校2年生までに覚えておかなければならない英単語が合計2000個近く載っている」



 受け取った紙の束はずしりと重い。一番上に来ているものを見ると、『remain』や『paragraph』など、意味を知らない単語がいくつもある。



(これを全部覚えるのは、なかなか骨が折れそうだ……)



 思わずうへぇ、という顔をした俺を鼓舞するように、長谷さんは言葉をかけてきた。



「これらの単語を全部覚えて、受講した講座の内容を完璧にすればきっと模試の問題だって解けるようになる。今頑張れば、きっと結果も付いてくる。やれそうかな?」



 先週と同じように試すような視線を向けられ、俺はむしろ心が沸き立つのを感じた。



(これができれば、模試が解けるようになる……前回は解けなかった模試が、今度は……)



 自分の限界に挑戦するような、そんなたかぶる気持ちを懸命に抑えながら俺は答えた。



「もちろん、やります。来週までには完璧にしてみせます」




___________



 ふぅ、と一息ついて時計を見ると、もう20時半を超えていた。そろそろ閉館の時間だ。



(キリの良いところだし、今日はここまでにしておこう)



 解き終えたばかりの問題集を閉じて鞄にしまう。机の周りを見て忘れ物がないことを確認すると、私は席を立ちあがって部屋の入口の方へ歩いて行った。

 

 

 これまでだったら、他のところへ注意を払うことなく、この閲覧室から出て行ってたのだが、最近はちょっと違う。他の机を通り過ぎるとき、そこに「あの人」がいないかを無意識の内に確認するようになってしまっていた。



(今日も来てないな……)



 偶然出会った、つい先日までは名前も知らなかった先輩。勉強する場所に困っているようだった彼にこの場所を教えたのは、一週間ちょっと前のことだ。



 「無表情で怖そうな先輩だな」って最初は思ってたけど、話してみると全然そんなことなかった。むしろ、私が情けない姿を見せてしまった時も落ちつかせてくれようと、気に病まないようにと心を砕いてくれた先輩は、たぶんとっても優しい人だと思う。



 (だけど……)



 教えた日は確か火曜日で、その週の金曜日まではずっと来ていた。土曜日と日曜日は来なかったけど、せっかくの休日だし家で勉強してるのだろう、と勝手に思ってた。



 でも、週が明けても先輩は来なかった。

 


(やっぱり、迷惑だったのかな……)



 考えれば考えるほど、思考は悪い方向に行ってしまう。この前、勝手に世界史の問題を解説しようとしたことが気持ち悪かったのだろうか。LINEを交換したあとすぐに挨拶を送ってみたけど、慣れ慣れしいと思われたのだろうか。



(もしかして私、また、中学のときと同じことを……)



 思い出したくもないあの頃の出来事。絶対に繰り返さないって心に誓って、知り合いが誰も進学していない他県の公立高校に入ったのに。



 考え事をしながら歩いていたら、もう建物の外に出ていた。沈み込んだ気分を少しでも変えようと、瑠美は外の空気を大きく吸いこんだ。


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