お兄ちゃん
いきなり世界征服と言われても、スケールがでかすぎてよく分からないな。私は魔王の手下1号になってしまったけれど、一体何をやらされるのだろうか。
「手始めにオレ様の仲間を探し出すのだ!」
「仲間……ですか?」
「そう、オレ様と共に世界を支配し、勇者との最終決戦でこの異次元へ飛ばされてきたオレ様の仲間だ!」
「魔王さまの仲間ですか……」
「安心しろ、みんなオレ様の可愛い手下だ。つぐみもきっと好きになる」
「はあ……そう……ですか……」
ぜんぜん安心できない。魔王の可愛いという基準が私のそれと同じはずがないもの。
「それで、どうやって探すのですか?」
「インターネットの掲示板で探すのだ!」
「魔王さまの言っていることが分かりません」
「つぐみは知らないのか、インターネットの掲示板にはこの異次元世界のあらゆる情報が詰まっているのだぞ?」
つり目の厳つい顔のオジさんが哀れむような表情で見てきた。私はちょっとイラッときてしまった。
「掲示板ぐらい知っています! でもどうやって……」
「まあ待て。ちょっと書き込んでみるから」
そう言って魔王はキーボードをカタカタと打ち始めた。
魔王の大きな体でモニターが全然見えない。
疲れたな……
この間にちょっと休もうかな……
私は壁際のお兄ちゃんのベッドにゴロンと寝転がろうと歩いて行く。
「あうっ!」
寸前の所でグイッと頭を引っ張られた。
VRゴーグルとゲーム機本体をつなぐケーブルの長さが足りなかった。
「何をしているつぐみ、大人しくしていろ!」
「う~……」
呆れたように言い放つ魔王の元に、私はとぼとぼと歩いて行く。
「どんな内容を書き込んだんですか、魔王さま?」
「今終わるから待っていろ、送信っと……」
モニターをのぞき込む。
【オレ様は魔王だ。今、この異次元空間に舞い降りたところだ。オレ様の手下はすぐに連絡してこい。オレ様はここにいる。住所は……】
「はあーっ!? なにやっちゃってるんですかぁー? この家の個人情報がダダ漏れじゃないのぉー!」
「そんなことはオレ様には関係のないことだ。オレ様は――」
「早く消して消して消してぇー!」
私は魔王の腕を掴んでお願いした。
魔王の顔が困惑に変わったところまでは見えたけれど――
「おまえ、僕の部屋で何をやっているんだ!」
お兄ちゃんの声。そして魔王の姿が目の前から消えた。
振り向くと、VRゴーグルを両手で持ち上げ、私を真っ直ぐに見つめるお兄ちゃんがいた。
「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう!」
私はお兄ちゃんの胸に飛び込む。魔王に囚われていた私をお兄ちゃんが助け出してくれたのだ。
妹の私が言うのも変かもしれないけれど、お兄ちゃんは目が大きくて鼻が高くて、そこそこ良い顔立ちをしていると思うの。それなのに中学生にもなって彼女の一人もできないなんて、この世界が間違っているとしか思えないの。
「あうっ!」
突然お兄ちゃんは私のおでこを小突いた。
驚いてお兄ちゃんの顔を見上げると、怒りに打ち震えた表情で私を睨み付けていた。
「お兄ちゃん……?」
「……どこまで見た」
「えっ!?」
「おまえはこれで何を見た?」
VRゴーグルを指差してお兄ちゃんが震える声で訊いてきた。
「えっと……動物の頭の骨をかぶったオジさんがいて、それが魔王さまで私に色々と命令してきて……」
「はあ!? おまえなに言っているの?」
「なにって……何を言っているんでしょうね……私……」
本気で怒っているお兄ちゃんを前に、私はどうしたらいいか分からなくなってきた。
「おまえ怪しいな、何かイタズラしたのか?」
お兄ちゃんがゴーグルを頭に被ろうとしている。
だめぇぇぇ――ッ!
お兄ちゃんが魔王に囚われてしまう!
「お兄ちゃ――あうっ!」
お兄ちゃんを止めようと頭に手を伸ばしたら、逆におでこを押さえつけられて私の動きが止められてしまった。