世界征服って悪いことですか?
「トイレ行きたい」
人は悲しいときでも尿意がやってくるという、悲しい現実を知った。
「そうか。行ってくるがいい」
「でも……」
VRゴーグルとプレスト本体はコードで繋がっている。
そのとき、私は閃いた!
「ゴーグルを外さないとトイレに行けないの……」
もじもじしながら、上目遣いで言ってみた。
「何を言っているのだつぐみ。ほれ、電源コードを外して本体を持っていけばいいだろう?」
「はぁ――っ!? 電源抜いちゃっても動いてるぅ――!?」
魔王は大きな手のひらに本体を乗せて私に差し出してきた。青いランプは消えずにそのままだ。
「魔王さまの魔法……ですか?」
「何を言っているのだつぐみ。この機械はバッテリー内蔵だ。ただし、バッテリー駆動時間は30分だから気をつけろ!」
この短時間で魔王の知識は私を超えてしまったらしい。
プレスト6を脇に抱え、お兄ちゃんの部屋を出る。予想通りこのゲーム世界は現実の世界とまったく同じだった。トイレットペーパーの減り具合までも、見事に再現されていた。
それに……臭いまで……
水道の蛇口をひねれば水が出てくるし、手を洗うと水の冷たさも感じる。タオルのごわごわした感触だってしっかりあるのだ。
あれ?
これって、もう現実世界なんじゃない? 私は今、VRゴーグルを被って現実世界の廊下を歩いている。
「ただいま……」
部屋に戻ると、魔王はパソコンの操作に夢中になっていた。
「本体を電源アダプタにしっかり差し込んでおくのだぞ。くれぐれも忘れるなよ!」
「はい……」
私は魔王の命令に従って、パソコンラックの足元に本体を戻して電源ケーブルを差し込んだ。その間、魔王はイスから立ち上がって、場所を空けてくれていた。
「終わりました……」
「うむ!」
魔王はまたイスに座って、パソコンをさわり始めた。
「あの、魔王さま」
「どうしたつぐみ」
「世界征服って、犯罪ではないんですか?」
「オレ様はこの世界のルールに縛られたりしない」
へえー、そうなんだ。
あれ? でも私は……?
「あの、魔王さま」
「どうしたつぐみ」
「世界征服って、悪いことなんですよね?」
「オレ様を誰だと思っている、魔王様だぞー?」
マントの内側をちらりとめくりあげ、魔王はおどけた。
この短時間でそんなエンタメ知識まで入手したの?
でも、やっぱり悪いことなんだよね、世界征服って。
大抵の言葉は『正義』を付けると不思議とそれらしく聞こえる。
だから、つぐみちゃんが目指すのは『正義の世界征服』です!