帰ろう、タッ君
「魔王と一緒に消えちゃってよ――きゃは!」
それは狂気に満ちた顔――血走った眼球に引きつった口元。電撃の剣が私に襲いかかってくる。
私は――
魔法のステッキを両手に構えてそれに応じる。
「エンチャント・割れる地面!」
同時に繰り出した魔法によって、彼の足元の砂をすくい取った。
彼はバランスを崩して剣から片手を離した。
その隙に私は魔法のステッキを回転させて電撃の剣を弾き飛ばす。
「うわっ――」
彼は私に不意打ちをかけて襲いかかってきたけれど、それを軽々とかわされて驚きの表情で固まった。
間髪いれずに魔法のステッキをバトントワリングのように両手でくるくると回転させ、その勢いで青柳君の顔面を弾き飛ばした。
「ぐはぁっ――!」
彼の体は空中に漂い、そして落下。砂の中に埋没した。
「痛い痛い痛い――ッ、なな、な、何て暴力女なんだぁ――? 僕の顔を叩くなんて信じられないよぉぉぉ――ッ」
砂から顔を出して頬を抑えて泣き叫ぶ青柳君。
そんな彼には王子様成分は何一つ残っていなかった。
ちょうどその頃、鎧の兵士の最後の1人をサラが斬り、魔王がとどめをを刺した。命が尽きた瞬間、兵士の体はまるでゲームの中のことのように消えていった。
「本当に消えちまうんだな。異世界人が死ぬとさ……」
剣を担いだ雨霧が戻ってきた。彼の声は少し寂しそうだった。そうか、魔王やサラもこの世界で死んじゃったら、あんな風に消えてしまうんだ。まるでその存在が嘘だったかのように……
「こいつら、俺たちの敵ではなかったな……」
「えっ? 敵じゃないの!?」
「いや、そういう意味の敵ではないじゃなくて……まあいいや」
雨霧が人を見下すような顔で見てきた。なんかむかつく! 雨霧のくせに!
彼の背後には青柳君とその仲間たちがうなり声を上げて倒れている。
「つ、つぐみちゃん……魔法で怪我の治療ができるんでしょう……ねえ、僕に治癒魔法をかけてよ……お願い……」
「はあー!? おまえつぐみを殺そうとしたくせに何をいっちゃってんの? この世界での死は本当に死ぬっていうことなんだぞ!」
雨霧は怒鳴った。実際にこのVR世界で死んだ人を見た訳ではないので、本当のことは私たちにもよく分からない。でも、魔王は私に生きろと言った。あの言葉が今でも耳の奥に残っている。裏を返せば、私が死ぬという可能性があったということなのだろう。
「帰ろう、タッ君」
「ああ、そうだな。俺のプレストのバッテリーもそろそろ限界だしな」
そう言えば、雨霧は部屋に突入してハブという機械に接続したけれど、電源ケーブルは差していなかったんだ。
私はあのときの光景を思い返していた。あのとき、雨霧は私を助けてくれたんだ。普段の彼からは想像もできないような必死な表情で――
砂漠ステージから青柳君の部屋に戻ってきた。
相変わらず青柳君は痛い痛いと騒いでいる。高校生の3人もうめき声を上げている。とっても騒がしい。
「エンチャント・回復魔法!」
魔法のステッキの根元に仕込んであるハート型の赤い石が輝く。
「魔王さま、お疲れさま!」
魔王に向かってステッキを振ると、ピンク色のキラキラが彼の体を覆って体の傷や破れたマントを元通りに治していく。
「うむ、今日はつぐみが大活躍だったな。よくやったぞ、我が手下1号よ!」
頭にかぶった頭蓋骨をくいっと上げて魔王は笑った。
それにしてもあの骨は魔王のお父さんの物らしいけれど、どんな人だったんだろうか。今度じっくり聞いてみようかな?
「サラもお疲れさま!」
サラはほとんど無傷なので回復魔法は必要なさそうだけれど、ちゃんと魔法をかけておかないと後でブツブツ言ってくるから面倒なの。
「うふふ、小娘もね!」
サラが初めて私に微笑んできた。
そういえば彼女は戦闘中に私を相棒といってくれたな。すぐに小娘って言い直されたけれど……
本当に彼女は私の味方になってくれたんだ。
「うう~、痛いよ痛いよ~、何とかしてくれぇ~」
青柳君とその仲間たちがうるさいな。
そんなに騒がないでもちゃんと治してあげるから!
彼らはもうすでにVRゴーグルを外している。自分たちが仕える異世界人が消えてしまった今となっては、もうただのVRゴーグルに戻っているのだろう。大切なはずのゴーグルを投げ捨てて、私の治癒魔法を求めてわめいているのだ。
仕方がないので怪我の程度が重い順番に治療していると、私のそんな配慮に気付きもしない雨霧が『俺は? 仲間の俺が先じゃないのか?』とか言ってきてうるさい。ちょっと待っていなさいよ!
治療が終わると、彼らが負った傷はきれいにふさがった。ところどころに傷跡が残るのは仕方がないことらしい。治癒魔法は人間本来の自然に治る力を強めて時間を短縮するものに過ぎないのだ。着ている服までも元通りになる魔王やサラとは魔法のかかり方が全然違うのだから。
さてと――
「ん? 何だ何だ?」
私が近寄ると雨霧は焦り始める。
それはいつものこと。
私はかかとを上げて、
「お疲れさま、タッ君!」
彼の頬に軽くキスをした。
するとますます彼の顔が赤くなって、まるで沸騰する勢いだ。
「なになになに、小娘ったら私のタッ君になにしてくれちゃってんの~?」
サラがどたどたと騒がしく近寄ってきた。
私のタッ君って……サラは魔王が好きなんでょう?
「これは助けてくれたお礼であって、別に深い意味はないんだからね!」
「深い意味はないのかよっ!?」
雨霧はくちをあんぐりと開けて驚いている。
「タッ君! 小娘に騙されちゃいけないよ、そうやって虎視眈々とあなたを狙っているに違いないから!」
いつものように後ろから抱きついて豊かな胸を雨霧の頭に乗せるサラ。
この二人、どこまでが本気でどこからが冗談なのかが良く分からないな。
雨霧にとって、サラはどんな存在なのだろう?
ただの主人と手下に過ぎないのだろうか?
サラのおっぱいの下でぼうっと私に視線を向けてくる雨霧を見ていると、とてもムカついてくるのだ。




