魔王、命令する
ババ抜き対戦は10戦10敗だった。
「ねえVR魔王」
「だーかーらー、魔王様と呼べ! 下僕民の娘よ」
「じゃあ私も名前で呼んでよ、魔王さま!」
「ああ? まあいいだろう。おまえの名は?」
「つぐみよ」
「そうか。変わった名だな。で、どうした?」
「魔王さまはずるをしていない?」
「ああ? 正々堂々と勝負をしているぞ!」
そう言いながら魔王さまは私が差し出した二枚のカードのうち、ハートのエースを迷わずに選んだ。
私は最後まで残ったジョーカーを投げ捨てた。
「またオレ様の勝ちだな!」
「ずるい! 何かずるい!」
「がははは…… オレ様に負けて悔しがる奴があるか! オレ様は魔族の頂点に立つ魔王様だ。下僕民の娘に敵うはずはなかろう?」
「トランプのババ抜きにそんなこと関係あるの?」
「あるさ」
「あるの!?」
魔王さまは自信たっぷりに言った。
「さてと、約束どおり遊んでやったぞ、つぐみよ」
魔王さまは立ち上がり、マントの襟を整えた。
確かに私は遊んでもらっていた。負けてばかりでそんなに楽しくはないと思っていたけれど、気付いたら30分ぐらい経っていた。けっこう夢中になっていたんだ、私……
「分かったわ魔王さま。約束どおりあなたの願いを聞くわ」
「ああ? オレ様の願いだとー? 思い上がるな下僕民の娘がー! おまえがオレ様の命令を聞くのだー!」
魔王さまが怒り出した。『願いを聞く』と『命令を聞く』ってそんなに意味が違うのかな? なんだか面倒くさくなってきたな……
「ああ? オレ様に惚れたか、つぐみよ」
やっぱりだめ。VR魔王のおでこを見つめてもメニューが出てこない。
ゲームから抜け出す方法が見つからない。
「じゃあ……命令をどうぞ魔王さま!」
とりあえず適当に話を合わせておこう。
「うむ。手始めにこの世界の知識を蓄えたい。オレ様を書物庫に案内しろ!」
「しょもつこ……?」
「ほれ、このような物がたくさんある部屋だ!」
魔王さまは本棚に並んだ本を指差した。
うーん、どこからどう見てもお兄ちゃんの本だよ。
ところで、最近のお兄ちゃんは表紙にカワイイ女の子のイラストがある本を買い漁っている。でも、お兄ちゃんはオタクではないと……思うの。表紙絵をみて『ぐへへ……』とか言ってよだれを垂らしたりはしていないもの。
でも、お兄ちゃんの本をいくら読んでもこの世界のことは何一つ分からないだろう。VR魔王もそのことは理解しているみたい。だから、もっと役に立つ本を読みたいと言っているに違いない。
「魔王さま……今の時代、本格的に調べ物をしたいならインターネットで調べるのがいいと思うよ?」
「むむ? そのような物があるのか! ではそこに案内しろ!」
「ちがうちがう、インターネットは物ではなくて……」
百聞は一見にしかず。ふふっ、国語の時間に習ったことわざよ。
私はパソコンラックのパソコン本体とモニターのスイッチを入れる。すると、見慣れたウインドウズの画面が出てくる。
ゲームの中でパソコンの画面を見ているって、なんか不思議な感覚ね。
「ほう、これで世界のことが分かるのか……」
VR魔王がモニターを覗き込んできた。頭に乗せている動物の頭蓋骨から生えている長い角が私の後頭部にガツンと当たった。
「痛い――!」
「おお、すまんすまん……」
頭を抑えた私の手の上から、ごわごわした感触の手が被さってきた。
痛み――
感触――
私は急に怖くなる。ここはまるで現実世界そのもの。そして目の前には魔王がいるのだ。
「先ずはこの世界の文字を理解するところから始めるか……」
魔王は腕まくりをして、キーボードとマウスを操作し始める。
私は魔王に気付かれないようにVRゴーグルを外そうとするが……ゴーグルはまるで私の顔の一部になっているかのように外れない。
「ねえ、魔王さま……」
「何だ?」
「ここはゲームの中なんだよね?」
「ああ!?」
魔王は面倒くさそうな表情で振り向いた。言葉の意味がよく分からなかったのかな?
「ここは仮想現実の世界……なんだよね?」
言い直してみた。
「何を馬鹿なことを言っているのだ、つぐみよ。この世界が仮想現実だと? ガハハハハ――」
笑われた。
「でも、それは本当なんだよ? その証拠に私、VRゴーグルをかけているでしょう? これを外したら――」
「外したら――どうなるって?」
急に怖い表情に変わり、私は睨まれた。
「この世界は消えるんじゃないかな」
「オレ様がそんなことをさせるとでも思っているのかい、つぐみよ。おまえがどう足掻いても外せないだろう?」
魔王は立ち上がり、ゴーグルを鷲づかみにして持ち上げた。私の体はルアーで釣り上げられたナマズのように、ぶらりと宙に浮かんでしまったのだった。