もう戦わない
この2週間、私たちは魔王の命令で何度も模擬戦をしてきた。ジャングルステージではサラと雨霧のペアと協力して大きなモンスター型の標的を狩った。草原ステージではネズミのような形をした標的を何匹狩れるかを4人で競争したりもした。
でも、それは人間の形をしていなかったから……私はなんとも思わなかった。
「魔王さまは……人間……ですよね?」
「そうか、つぐみにはオレ様が人間に見えるか……」
「はい」
「サラはどうだ?」
「サラ……ですか。あの人も人間ですよね?」
髪も目も真っ赤な彼女だけれど、私は人として彼女を見ている。サラはいつの間にか両手に剣をもち、飛び回るように標的を切り刻んでいる。
私は怖くなってまた目をつぶった。
「そうか、つぐみにはサラも人間に見えるか……」
「魔王さま……?」
魔王は頭に被っていた動物の頭蓋骨を外した。私はその姿を初めて見た。頭の上には小さな牛のような角が2本生えていた。
「この骨は、オレ様の父の物だ」
「えっ……」
長くて立派な角が生えた動物の頭蓋骨。それが魔王のお父さんの骨だという。私は驚いて魔王を見上げる。
魔王はひょいっと頭にそれを再び乗せて、言葉をつなげる――
「魔族には人間の姿に似た者もいる。オレ様やサラのようにな。しかし大多数がおまえたち人間とは似ても似つかない姿をしているのだ。おまえがモンスターと呼んでいたあの標的は、オレ様の仲間たちを模したものなのだよ」
苦しい。息がしにくい。
私は胸が苦しくなり、うずくまる。
魔王さま……あなたは私に何を伝えようとしているのですか?
私には……よく分かりません……
ただただ、涙がこぼれてきた。
「つぐみ、早く参戦しろよ! バッテリー残量が半分を切ったぞ。このままでは俺とサラの圧勝で終わっちまうぞ! いいのか?」
雨霧がのんきに声をかけてきた。彼は10メートルのLANケーブルが届く範囲で標的を狩っていた。人型の標的を……
「うるさいうるさいうるさい、雨霧なんか私の気持ちも知らないで勝手に遊んでいるだけじゃん! もう私に関わらないで――!!」
私は立ち上がり、勢いよく体をひねった。私と彼のランドセルの間をピンと張っていたLANケーブルがちぎれた。
周りの景色が元の公園に戻る。
サラの姿は視界から消え、ビル群も標的ももう見えない。ランドセルを背負った雨霧が、両手に剣を持ったまま呆然とこちらを見ている。
「つぐみ……?」
魔王が困った表情で私を見下ろしている。
「もう戦うのをやめませんか? 魔王さまはもう戦わなくてもいい世界に来たんです。もう……誰とも戦う必要はないんです!」
すると、魔王は私の頭に手を置いて言った。
「オレ様は魔王。世界を征服するために存在している魔族の王だ。たとえ世界が変わろうとも、そのことは変えられないのだ。そしておまえはオレ様の手下。だから――」
「嫌です!」
私は魔王の手を払った。
「魔王さま……私は……もう……戦えません……許してください」
私は魔王に頭を下げた。
魔王は何も答えてくれない。
目を開けると、何も見えずに真っ暗な空間に変わっていた。バッテリー切れだ。小さな電池のマークがついたり消えたりしている。
VRゴーグルを外すと、魔王の姿はどこにもなかった。
当たり前か。魔王はVR世界の住人なんだから。
雨霧のプレステ6のバッテリーは少し長持ちしているみたい。
まだゴーグルをかけてひとりで話している。
あ、サラがそこにいるのか……
もう二度と彼女に会うことはないんだろうな、私は……
その時、ふわっと何かが何かが私の顔に触れたような気がした。
木の枝が擦れる音がして見上げると、秋の空があかね色に染まっていた。
第三幕これにて完結です。
若干の鬱展開となってしまいましたが、第四幕に向けての助走に
入るためのものですのでご了承ください。
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