初めての野外練習
私の家と雨霧の家のちょうど真ん中ぐらいに公園がある。ここは桜の季節には多くの花見客が訪れる地元ではちょっと有名な公園なのだけれど、この時期にはほとんど来る人はいない。時々、犬の散歩をしている人が通りかかるくらいだ。
雨霧拓巳はベンチに座り、ぼうっと空を眺めているようだった。後ろに回って『だ~れだ』ってしてみようかと思ったけれど、やっぱり止めた。万が一学校の誰かに見られていたりしたら、誤解の元になるからだ。私と彼は言うなれば『戦友』。決して付き合っている訳ではないのだ。
「タッ君、お待たせ!」
「おお、思ったよりも早かったな。プレストは?」
「うふふ、ちゃ~んと入ってるよ!」
ランドセルの中に、プレスト本体とVRゴーグルを入れている。壊れないようにきちんとクッションとタオルで隙間を埋めて。すべて雨霧直伝のテクニックだ。
「じゃあ早速始めようか……」
雨霧は立ち上がり、ランドセルを背負った。
「えっ、中身を取り出さないの? 背負ったまま?」
「せっかくリアルに広い場所でやるんだから、この方が動きやすいだろ?」
あっ、そういうことか…… 確かに本体は内蔵バッテリーで動かすので電源コードは必要ないから、この方が動きやすいかも。
「あれ、ちょっと待って! 本体同士をLANケーブルで繋がなくちゃいけないから、逆に私たちは常にくっ付いていないといけないじゃない?」
「安心しろつぐみ、今日はロングバージョンを用意してきたから!」
雨霧はいつものようにお医者さんが聴診器を当てるような持ち方で、10メートルぐらいの水色のケーブルの先端を見せてきた。
「さすがねタッ君。じゃあ早速……」
「あっ、俺がとってやるからその場でしゃがめよ」
自分でランドセルを下ろして取り出そうとしたら、雨霧がやってくれるという。
「分かった。よろしくね」
雨霧は私のランドセルのロックを外して、VRゴーグルを渡してくれた。私がそれを装着している間に、ごそごそとランドセルの中に手を入れてくる。
彼に見られちゃ恥ずかしいものは入っていないよね? 私はちょっぴりそのことが気がかりだった。
「いくぞ! ダイレクトリンク――!」
彼はいつものように戦隊ヒーローが技名を叫ぶような感じで言った。互いのランドセルに収納したプレスト6が繋がった。
ダイレクトリンクとゴーグルの着用がほぼ同時だったので、魔王とサラもほぼ同時に出現する。さっきまで雨霧が座っていたベンチにサラが座り、魔王はサラの膝枕でベンチに横になっていた。
最近、この二人はちょっと変だと思うの。
日に日に変になっていると思うの。
サラは前の世界にいたころから『魔王さま一筋』だったらしいけど、その想いをこのVR世界で叶えたということなのだろうか?
それとも私を困らせたくてイタズラをしているのかな?
「タッ君、会いたかったわよぉぉぉー!」
「や、止めろサラ! 俺にくっ付くな、抱きつくな、おっぱいを頭に乗せるなァァァー!」
雨霧は逃げる逃げる逃げる。
サラは追いかける追いかける追いかける。
これは儀式みたいなものなのかな? 今日は電源コードから開放されて二人は広い公園を存分に味わっているみたい。
でも、私と雨霧は10メートルのケーブルで繋がっている訳で――
「タッ君、あまりケーブルを引っ張らないでよ、壊れちゃうよ!」
私も彼に合わせて動き回らなければならないことに気付いた。
「はあ、はあ……」
「ぜえ、ぜえ……」
雨霧とサラの儀式的なものがようやく一区切りし、私たちは息を整える。例によってタッ君の頭にはサラの大きな胸が乗っている。
「ねえ……サラはどうしていつもタッ君を追いかけまわすの? あなたは魔王さまが好き……なんだよね?」
「小娘が分かったような口を利くんじゃないよ! べ~だ!」
私は相変わらずサラに嫌われているみたい。
「サラ、今日は見ての通り野外トレーニングだから時間があまりないんだよ。あと20分ぐらいでバッテリー切れだ」
「まあ、それは残念……では魔王さま、今日の作戦をご命令くださいませ」
雨霧は雨霧で、相変わらずサラのおっぱいが頭に乗っていても気にしていないみたい。最初に逃げ回るのは準備運動みたいなものなの? 本当は嬉しかったりするの? 男の子はやっぱりおっきなおっぱいが好きなんだろうか……タッ君……
「今日のステージは大都市。逃げ回る人間を殺戮するのだ! オレ様とサラのどちらが多くの人間どもを駆逐できるか、タイムトライアルをしようではないか」
魔王はさらりと言い放った。
逃げ回る人間を殺戮? 殺すということ? はあー!?
動揺する私に気づくそぶりも見せず、雨霧はコントロールパネルを操作し始めた。




