付き合っている訳じゃない!
「つぐみちゃん、ダンナが呼んでるみたいよ?」
「あうっ!」
昼休みの校庭で、友達とバレーボールをしていると、突然良子ちゃんがそんなことを言った。顔面にボールが直撃して私はその場にうずくまる。
「だ、大丈夫? つぐみちゃん!」
「大変! 鼻血が出てるよつぐみちゃん!」
「保健室行く?」
皆が私を取り囲んで声をかけてきた。
「ううん、大丈夫だから……ところで良子ちゃん。さっき何て言ったの?」
「ダンナが呼んでるって……」
私の聞き間違いではなかったらしい。
男子たちは校庭の真ん中でサッカーをしていたはずだけれど、雨霧巧巳あまぎりたくみがいつの間にかすべり台の影に隠れてこちらを見ていた。
私は片方の鼻の穴を指で押さえてフンっと鼻から息を吐く。すると地面に血の塊が付着して鼻がすうっと通った。これは魔王に教わった鼻血が出たときの対処方法。
「良子ちゃん、何か勘違いをしているみたいね。私と雨霧はなんでもないから!」
そもそも私は魔王の手下であいつはサラの手下。ただそれだけの関係なんだから。誤解されては困るよ!
「え~、本当かなぁ~?」
「最近のつぐみちゃん、雨霧君といつも一緒にいるじゃん!」
「二人は付き合っているって、みんな噂しているよ?」
畳み掛けるように言われてしまった。
「う、噓でしょ?」
「噓じゃないよー。6年生の人たちも知っているよ?」
「……えっ!?」
最悪だ。もしや、青柳君にもそう思われている?
「ねえ、雨霧君のどこが良かったの? あの人、ちょっと冷たいところがあるじゃん」
「あっ、逆に二人の時はやさしくしてくれるとか?」
「いいなぁ、私もカレシが欲しいなぁー」
みんな勝手に盛り上がっている。
サラとの初めての模擬戦から2週間。それ以来、毎日放課後に私と彼の家を交代で集まってレベル上げを頑張っている。土曜と日曜日には、プレスト6やVRゴーグルをランドセルに入れるときに使うクッションなどを買いに二人でショッピングセンターに行ったりもした。
ただそれだけのことなのに、何でそんな噂が立っちゃうのよ!
私が憧れているのは青柳君なの!
雨霧なんて眼中に無いんだから!
ヒューヒューとか言われながら、私はあいつのところへ走って行く。
「ねえ、どうしたの? 用があるならアンタの家で聞くけど!」
「問題が起きた」
「え?」
「昨日、母ちゃんとケンカしてさ。もう家でゲームなんかさせないって、プレストを取り上げられちまったー!」
「ええー!」
それで今日は朝から落ち込んでいたのね。雨霧はもともと私のことをよくチラチラ見てくるのだけれど、今日はとくに酷かったもの。
「どうしてくれるのよ! サラに会わせないと魔王に怒られちゃうよ!」
「オレだってサラに何をされるか……」
「そもそも何が原因でお母さんとケンカなんかしたの?」
「昨日のおまえと模擬戦をやったとき、カーテンと壁を少し焼け跡と切り傷を作ってしまっただろ? あと、麦茶のコップとケーキのお皿を自分で片付ける約束だったのに忘れちゃってさ。これはどういうことなのーって……」
「うっ……」
どちらも私が関係しているという話。
「そ、それで……わわ、わたしにどうしろと……?」
「オレと一緒に母ちゃんに謝ってくれ!」
ですよね~。
そうきますよね~。
「分かった。あんたのピンチ、この私が何とかしてあげるわ!」
「ありがとう、つぐみ!」
「ちょっと止めてよ、学校ではその呼び方はしないでって……」
誰かに聞かれたら変な噂が立ってしまう。私たちは付き合っている訳ではないのだから、下の名前で呼び合うのはVR世界の中だけ。そう決めているのだ。
ふと視線を感じて振り向くと、友達がいっせいにわざとらしく声を出してバレーボールを再開した。




