それは魔法のことば
「エンチャント・サンドストーム――!」
茶色くて長い木製の棒を頭の上に突き出して呪文を唱えた次の瞬間、周りの空気が動き出す。砂が舞い上がり、まるで黒いカーテンの様に私を包み込む。
砂がぶつかり合う音と風切り音。それに加えて『ズンッ』という鈍い衝撃音がした。
魔法の効果はすぐに収まり、舞い上がっていた砂が大地に沈む。
「私の一撃を躱すとは、生意気な小娘ね!」
サラが剣の柄をペロリと舐めて、私を睨んでいる。
えっと……
私、うまくやれたのかな?
そう思った矢先、サラが近距離から飛び掛かって来た。
「エ、エンチャント・サンドストームぅぅぅ!」
とっさに繰り出した魔法の呪文。それが今度は間に合わないかもしれない。サラの血走る目が接近し、剣が振り下ろされる――と思ったら、
「ぐはっ!」
砂の塊がサラの横腹を突き刺すように出現して、彼女をなぎ払った。少し遅れて砂のカーテンが私を包み込む。
その一瞬で死の恐怖を感じた私は腰を抜かしてその場にしゃがみ込む。
「つぐみよ、同じ魔法を連続して使う場合は呪文を略して唱えるのだ!」
「それを先に言ってよぉぉぉー! うわぁーん……」
魔王は酷い! 私はあなたの命令どおりにやっているのに、なんでそんなに冷たいの? 私の目から涙があふれて止まらない。
「お、おいこら! 今は戦闘中だぞ、つぐみ……」
「ひ、日笠、立ち上がれ! おまえはそんなに弱い女じゃないはずだ」
魔王は手をあわあわさせ、雨霧はおろおろしながら鼻水をすすった。
「そもそもエンチャントってなんなのよ……サンドストームは何となく分かるけど、エンチャントって何なのよぉー!」
泣いている私を遠巻きに見ているだけの雨霧に怒りをぶつける私。
「えっと、『enchantとは魔法をかけること。人をうっとりとさせること。』らしいぞ!」
雨霧はオペレーションボードを操作しながら読み上げた。結局よく分からなかったけれど、魔法の呪文を言うときの決まりみたいなものなのだろう。総合的な学習の時間で習った、表計算ソフトで数式を入力するとき、頭に『=』を付けるのと同じようなものかな?
「小娘が、泣き真似などして魔王さまの気を惹く作戦か? これだから女はたちが悪いのよ!」
「ひいぃ~!」
ゆらりと起き上がったサラが、鬼のような形相で私を睨んでいた。
私は急いで立ち上がり魔法のステッキを構える。
「タッ君、炎の剣にチェンジして! 小娘を本気で潰すわ。魔王さまに近寄る女は私が抹殺してやるわぁー!」
「はっ、はい! エンチャント・フレイムソード召喚!」
サラの手下である雨霧は、やはり私の敵だった。
日笠つぐみ11歳、人生最大のピンチです!
「へい!シリ」とか「オッケー!グーグル」とか、人前で言うのって恥ずかしくないですか?
私はまだそこまでの勇気がもてません(-_-)




