第8話 騎士/恋慕
これまでのステラズ・クロニクル。
・故郷を失ったルーカスは森で獣人の少女を拾う。
・王都で故郷の友人と再会する。
・王都で家族の仇と相まみえる。
ブロンズ王国国王が獣人の賊に殺されたという衝撃的なニュースは、事件から一夜明ける頃にはもう近隣諸国へと伝わっていた。
国葬は王子によって執り行われ、王都は勿論、王都から離れた村々も静かに喪に服していた。
国葬の後、王国政府の承認を得て、王子が新国王として即位した。そして、即位して最初の王令を発した。前国王を殺した賊の正体を暴き、これを排除せよと。
王城に押し入って国王を殺した賊は、すぐさま城を脱出し、王都の南方に姿を消したという事であった。
王都の南側にはサベッジ山脈が広がっており、王国政府は獣人の賊が山脈の向こう側から来たのではないかと考えていた。
山脈と王都の間には『北の騎士団』が駐留しているが、賊が山の向こうから来たのであれば、騎士団はその役目を果たすことができなかったという事になる。
まだ確証の得られた話ではないにも関わらず、王都での『北の騎士団』の評判は次第に下がっていった。
『北の騎士団』に所属し、王都でもハンサムマンとして名の知れていた騎士リチャード・ガーフィールドの名声も、騎士団同様に地に落ちていた。
いつもは自信に満ち溢れているリチャードも、これにはさすがに参ってしまい、日課だった孤児院通いもここしばらく途絶えていた。
サベッジ山脈の麓、森の近くに位置する聖ヴァナルガンド教会孤児院も、国王暗殺事件の後から、日替わりで護衛の騎士が派遣されるようになっていた。
毎日代わる代わるやって来る騎士を眺めながら、シスターマーサは姿を見せない一人の騎士の事を考えていた。
「ほんと、勝手な人・・・」
ルーカス・ウェイカーは、国王が暗殺された日の夜、迎えに行ったステラと一緒に孤児院に戻っていた。
二人を迎えたシスタークロエは、ルーカスの顔を見てギョッとした。その顔には一切の感情が湧いていないようだった。
院に戻ったルーカスは自分の部屋に入ったきり、出てこようとしなかった。
一晩明けて、国王暗殺の知らせが届くと、シスタークロエはルーカスに、昨日王都で怪しい者を見なかったかと尋ねてきた。
ルーカスは無感情に、その日の王都での出来事を語った。
眼帯をした獣人の男と肩をぶつけたこと。その男が3年前に家族を殺した獣人であること。その男を殺そうとしたが逃げられたこと。その男が隊長と呼ばれていたこと。
そこまで話して、ルーカスは口を閉じた。しばらく考え込んだあと、「少し一人にしてください、シスター。ごめんなさい」と言って、布団にこもった。
ルーカスの部屋を後にしたシスタークロエは、彼から聞いた話を王政府に知らせた。
これにより王国政府は、3年前のサベッジ村襲撃事件と今回の国王暗殺事件の犯人が同じ賊であると断定した。
王国政府は『北の騎士団』に、サベッジ山脈の探索を命じた。約50年ぶりにサベッジ山脈調査隊が派遣されることになった。
リチャード・ガーフィールドも調査隊のメンバーに選ばれていた。『北の騎士団』内でも随一の剣技を誇るリチャードが選定されるのは必然であった。
第14期サベッジ山脈調査隊。聞こえはいいが、要は国王暗殺の責を取らせる為の、体のいい見せしめであった。少なくとも騎士達はそう感じていた。
調査隊の出発まであと1週間、隊に選ばれた騎士達は家族や恋人とそれぞれに思い思いの時を過ごしていた。
リチャードは思いつめた表情で、机の上に置いた小箱を見つめていた。
シスターマーサがいつものように洗濯物を干していると、リチャード・ガーフィールドがいつもの調子で訪ねてきた。
「やあ、シスターマーサ。絶好の洗濯日和だね」
「あらあら、お忙しい騎士様が、こんな所で油を売っていていいのかしら?」
久しぶりに顔を見せた騎士に、自然と顔がほころぶマーサ。
「はは、そうだね・・・」
だが、当の騎士はいつもと違う、ぎこちない笑顔で笑ってみせた。
マーサはその表情に違和感を覚える。
「どうしたのかしら?なんだかいつもと様子が違うけど」
敢えていつもの調子で、おどけたようにマーサは言った。が、騎士は「はは」と乾いた笑いを返すだけだった。
「・・・」
「・・・」
沈黙が二人を包んだ。
「・・・シスターマーサ。聞いて欲しい事がある」
ようやく口を開いた騎士リチャードの目は、鋭くマーサを射止めていた。
ルーカスが目を覚ますと、ベッド脇のテーブルの上にパンとスープが置いてあった。シスタークロエが持ってきたのだろうと思い、起き上がり冷めたスープに口を付ける。
食事を終えたルーカスは、食器を下げに部屋を出た。
と、廊下の先からなにやら口論のようなものが聞こえてきた。
そ〜っと声のする方に近付くと、シスターマーサの部屋から声が聞こえてきた。話しているのはシスターマーサと、いつもちょっかいを出しているリチャードという騎士らしかった。何を話しているのかは詳しく聞き取れないが、シスターが泣いているようにも聞こえる。
扉に耳をあてて、もっとよく聞き取ろうとしたルーカスだったが、ポンと肩を叩かれて制された。
「なにしてるの?」
ジトーっと汚いものを見るような目で、ステラが睨みつけていた。
「人が心配してたのに、最低・・・」
「ち、ちがっ・・・」
去ろうとするステラを追いかけて、コソコソとルーカスも部屋の前をあとにした。
リチャードはガタイのいいハンサムボーイです。