第7話 獣人/復讐
朝食を食べ終わったステラが何気なく窓の外に目を向けると、小さな雨粒が降ってくるのが見えた。ステラは、頭の上の耳をピコピコと動かし始めた。その姿を、小さな子ども達は興味津々に見ていた。
ピコンと獣耳が直立し、ステラが勢いよく立ち上がる。ステラを見守っていた子ども達もつられて立ち上がった。
そのままスタスタと食堂を出ていくステラを追って、子ども達もゾロゾロと付いていく。腕を振って早足で歩くステラは、後ろから追いかけてくる小さな軍勢に全く気付く様子がない。
そのまま自分の部屋に入っていき、なにやらゴソゴソと支度を整えると、勢いよく扉を開けて、再び早足で歩き始めた。
そして今度はシスタークロエの居る院長室の前に立ち、コンコンとノックをして入っていく。
「失礼します、シスタークロエ」
「あら、おはようステラ。どうしたの?外出用のコートなんか来て」
「これから大雨になります。だから、買い出しに出ているルーカスの迎えに行きたいのです」
「あらあら、まあまあ。でも貴方、街に行ったとして、雑踏の中からルーカスを見つけられるの?」
「私は鼻がききますルーカスの匂いを追えば見つかります」
「そう・・・分かったわ。くれぐれも気を付けて行ってくること、いいですね?」
「はい!ありがとうございます!」
一礼をして退室したステラは、今度は走り出した。後ろから追っていた子ども達も、観念したのかトボトボと歩きながらステラを見送る。
廊下ですれ違ったシスターマーサが「廊下は走ってはいけませんよ!」と声を掛けるが、ステラは気にもかけずに走り去る。
院の扉を開け放ち、外へと飛び出していった。院に向かっていた騎士リチャードが「やあ」と手を振るが、ステラは脇目もふらずに駆けていった。リチャードはヒラヒラと振っていた右手を、所在無さげに頭の後ろに持っていった。
王都での買い出しを終えたルーカスは、荷物をバックパックに詰め込み、帰路に着こうとしていた。空を雲が覆い尽くし、今にも雨が降りそうであった。ルーカスは曇天を眺めながら、ジョルジュが言っていたのは雨の事だったのだろうか、などと呑気に考えていた。だが、あの時のジョルジュの真剣な眼差しがどうにも引っかかっていた。
ドンと、誰かと肩がぶつかり、バランスを崩したルーカスは倒れ込んでしまった。
「あー、大丈夫か坊主」
ルーカスと肩が使った男は、頭をすっぽりと覆い隠すフードで顔を隠していた。
「あー、確か前にもぶつかったっけか?なあ坊主?」
男の言葉にルーカスは、村の幼馴染たちと再会した日もこの男と肩をぶつけていた事を思い出した。コクコクと無言で頷きながら、立ち上がろうとするルーカスに、男が手を差し出す。
「す、すいません。また・・何度も・・・」
おどおどしながら告げるルーカスを見て、男は肩を震わせながら言った。
「あー、前にも言ったが、こんなに人がいるんだから仕方ねえさ」
男は「じゃあな、坊主」と言い残し、去ろうとした、その時―
ビュウっと風が舞い上がり、男の顔を覆っていたフードがめくれ上がった。チラリと男の方を見たルーカスは、その顔を見て目を丸くした。
男の頭からは獣耳が生えており、その右目は眼帯に覆われていた。
その男の姿は、紛れもなく3年前に家族を殺した獣人の姿であった。
「・・・なあ、あんた・・・サベッジ村を知っているか?」
身体を震わせながら、ルーカスが男に問う。ルーカスは震える右を、腰に携えた石のナイフに添えていた。いつでも握れるように、戦えるように。
「あー、サベッジ村ね・・・3年前に襲撃された村だろ?知っているぜ。それがどうし」
言い終わる前にルーカスが切りかかり、男は右手の袖からナイフを出して身を守った。
鈍い金属音が商店街に響き渡り、二人の近くを歩いていた女性が悲鳴を上げた。
その悲鳴が雑踏を更に賑わせ、辺りは一時的にパニックに陥ることとなった。
男が「チッ」と舌打ちをしながら、左手を自身の腰元に伸ばした。右手のナイフは
突然襲ってきた少年のナイフを抑えていて動かせない。
男は苛立ちを顕にしながらも、口元からは笑いが漏れて仕方がなかった。
どこの誰かは知らないが、白昼堂々仕掛けてきた。それもわざわざこの忙しい時に、これだからヒト種は面白い。
獣人の男の眼帯を見て、完全に頭に血が昇っているルーカスだったが、その動きは意外にも冷静であった。
男の左手から振り上げられた剣を後ろに下がりながら交わし、今度は男の右側に回り込みながらナイフを突き出した。
ナイフでの攻撃を、再び右手のナイフで防御した男は、先程と同じように左の剣を叩き込もうとする。が、ルーカスは身を低くして斬撃を回避し、ポケットから取り出した石ころを左手で叩き込んだ。石ころは男の後頭部にいくつかぶつかり、衝撃で男の顔を歪ませた。
瞬間、ルーカスは更に男の後ろに回り込み、背中にナイフを突き立てる。男は咄嗟に前に飛び出し、ルーカスのナイフは空を刺すのみに終わった。
距離を取った二人は、互いの出方を伺っていた。ジリジリと距離を詰めようとするルーカスに対し、男は少しずつ後退していた。
いつの間にか二人の周りからは人がいなくなっており、先程まで喧騒としていた商店街は異様な静けさに包まれていた。
「隊長―!」
静寂を打ち破るように、馬に乗った獣人の男が二人の間に割って入った。
「隊長、乗ってください!作戦が始まります!」
乱入者はそう言うと眼帯の男を自分の後ろに乗せ、馬を走らせた。「まてっ!」とルーカスが石ころを投げたが、その石は誰にもぶつかることなく地面に転がった。
馬の走り去った方を見ながら、ルーカスは歯を食いしばった。そうして、ようやく見つけた仇を仕留められなかった事を悔いて、大粒の涙を流していた。
ルーカスの涙に呼応するように、空から大きな雨粒が落ちてきた。一気に土砂降りになった雨に打たれながら、ルーカスは立ち尽くしていた。
「ルーカス・・・!」
タタタ、と駆け寄ってきたのはステラであった。
「ステラ・・・」
まるで感情のこもっていない瞳で、ステラの方を見るルーカス。ステラは何も言わずに、ルーカスに雨よけのコートを被せ、ナイフを握ったままのルーカスの右手を、両手で優しく包んだ。
この日、獣人の一団がブロンズ王国王城に襲撃を仕掛け、国王が惨殺された。
戦闘描写は難しいですね。