第6話 獣人/暗雲
王都からサベッジ山脈へと至る街道を、『サベッジ街道』と言う。かつてサベッジ村が銅の採掘で栄えていた頃は、人や馬が絶えず行き交う、往来の激しい道だった。
しかし、銅山が閉じられ、3年前のサベッジ村襲撃事件があってからは、ほとんど人の通らない寂れた街道となっていた。
その静かな街道を、夜の闇に紛れて進む一団があった。ゆっくりと馬を歩かせる彼らの頭には、ピョコンと生えた獣の耳が付いていた。
先頭を率いる男はピコピコと耳を動かして、周囲を警戒していた。人気のない街道とはいえ、ここは敵地。いつどこから奇襲を受けるか分からない。
と、一団の前に当然一人の男が立ちふさがった。
「どぉーどぉー、止まれ止まれ」
一団を率いていた男が馬を止め、後ろに続く者たちも歩みを止めた。
「あー、時間通りだな。さすがグレゴリー」
男がマントのフードから顔を出す。一団の者たちと同じように、その男の頭にも獣の耳が生えており、絶えず周囲を警戒しているようだった。
「隊長。馬の前に飛び出さないでくださいよ」
先頭を率いていた男は馬から降り、自らが隊長と呼んだ男に対面する。
「あー、悪い悪い」
一切悪びれる様子もなく言う男は、どうやらこの部隊の隊長であるらしかった。一団を率いて来た男は、さしずめ副隊長といったところか。
「それで、敵地の様子はいかがでした?」
「あー、概ね予想通り、計画通りってところだな」
「では・・・」
「あー、予定通りこのまま攻めるぞ」
月明かりに照らされた男の顔は、その右目を黒い眼帯が覆っていた。
ルーカスが王都で幼馴染たちとの再会を果たしてから、1ヶ月が過ぎていた。あれからルーカスは、時々王都に赴いては、ジョルジュやサラと会うようになっていた。
孤児院のシスター達は、これを良い変化ととらえ、ルーカスに王都での用事を頼むようにして、彼が出掛ける口実を与えていた。
面白くないのは院の子ども達だった。いつも相手をしてくれたり、狩りをしてきては夕食のおかずを増やしてくれたりしていた兄貴分が、自分たちの知らない相手に取られてしまったとすっかりむくれていた。
ステラも院の子供達同様にむくれており、ルーカスが王都に出掛ける際、初めはいつもついて行っていたのだが、最近は留守番をするようになっていた。
そうこうしているうちにステラと院の子ども達は意気投合し、今ではルーカスに替わってみんなの相手をする姉貴分に収まっていた。
子ども達とステラが遊ぶ様子を見て、シスター達はまたもやこれを良い変化ととらえ、ステラに子どもたちのお世話をお願いするようになった。
その結果、ステラはあまりルーカスと話すことなく一日を終えることが多くなり、それが余計に彼女の心をざわつかせていた。
その日もルーカスは王都に買い出しに行くよう、シスタークロエから頼まれていた。朝、誰よりも早く起きて支度をする。朝食まで時間があるので、隠し持っていたうさぎの干し肉をかじって腹を満たす。
まだ完全に日が登りきっていない時間、雲が出ており、辺りは薄暗い。
マントを羽織ったルーカスが出掛けていくのを、ステラは自室の窓から眺めていた。
今日もまた話せそうにないなと、ステラは思う。一緒に王都に出掛けた日、本当はルーカスに色々感謝の言葉を伝えようと思っていた。しかし、その日はルーカスとはぐれるわ、ルーカスが同郷の友人と再会するわで慌ただしく、結局ろくに話もできないまま院に戻ってきてしまった。
それからも何度か一緒に街に出掛けたが、タイミングを見計らっている内にまたルーカスの友人達がやって来たりして、なかなか感謝を伝えられないでいた。
はあ、と溜息を漏らしながら、ステラはルーカスが歩いて行った先、王都の方向へ視線を向ける。王都の空も雲に覆われていた。
ルーカスが王都に着いた頃、王都は既にいつもの活気さに満ち溢れていた。露天が立ち並ぶ中を、ヒトも獣人も区別なく往来している。王都のごく自然な、当たり前の光景だった。
ただ、ルーカス・ウェイカーはいつも思っていた。ここにいる獣人たちが、本当はヒトの敵だったとしたら。あの夜の家族のように、他の村人のように、街のヒトも簡単に殺されてしまうのではないかと。
「よお、ルーカス。最近よく会うな」
ポンと後ろから肩を叩いてきたのは、ジョルジュ・レーガンだった。ルーカスが街に来るたび、ほぼ毎回遭遇している。
ちなみにサラは学校があるので、ジョルジュほどルーカスと会えていない。
「今日もおつかいか?」
「ああ。なんだか最近はすっかり俺の仕事みたいになってるんだ」
「へえ、そいつはお疲れ様。まあ、せいぜい無理せず頑張りな」
そう言いながらジョルジュが肩を組んでくる。暑苦しいなとルーカスが腕を振り払おうかと思った時、いつになく真剣な目をしてジョルジュが言った。
「買い物がすんだらなるべく早く院に帰ったほうがいい。今日は街の空気が変なんだ」
いつもはふざけている友人からの、それは忠告だった。
「それって・・・」
言いかけた言葉を遮るように、ジョルジュはルーカスの背中をポンと叩き、
「じゃあ、またなー!」
いつもの顔で人ごみの中に消えていった。
「なんだっていうんだよ」
まるで訳が分からないルーカスであったが、ジョルジュの言うとおり今日は早く帰ろうと思ったのだった。