最終話その8
後の時代の歴史書には、ブロンズ王国によるニューブロンズ王国併合はこのように記されている。
「 かつて二つに別たれた国が、長い時を経て再び一つになるという偉業を成し遂げた当代のブロンズ国王は、まさに賢王と呼ぶに相応しいと言える。
しかしながら、その賢王の王妃がかのセイレンの内乱において、獣人狩りを奨励した聖女であることも付け加えておく。
また、ニューブロンズ王国最後の国王となったステラ・ニューブロンズは、ブロンズ王国より派遣された騎士によって暗殺されたと言われているが、これには諸説ある。
当時、ブロンズとニューブロンズの狭間にあったサベッジと呼ばれる集落では、ある噂が流れていた。
ステラ女王は自分を殺しに来た騎士と恋に落ち、他国へと逃げ落ちたというものである。
この物語を聖女王妃はたいそう気に入り、戯曲にもなり、今も親しまれている。」
騎士団に所属するイグニス・ティーガーは、ブロンズ王国併合20周年式典で浮き足だった王都の警備部隊に配属されていた。
イグニスはセントラルで生まれ、その後13才で騎士団に入るまでの間をサベッジ村で過ごしている。父親はおらず、セイレンの貴族令嬢であった母親がひとりで生んで育てた。
母親の実家とはほぼ疎遠となっているが、サベッジ村を治めるレーガン家と縁があり、それが大きな後ろ楯となっていた。
おかげで正式な騎士になった後、比較的国王に近い位置での任務を受ける事が多く、高い評価も受けている。
それだけにまだ若い身ながら、時期騎士団長の座も噂されている。
まさに次世代を担う騎士として期待されている。
イグニスが警備するのは、式典後に開催される武闘大会会場の警備であった。
王城前に設営された武闘台では、二人の騎士が剣を交わらせていた。
大会出場者は、ブロンズ王国はじめ周辺国から募った腕自慢たち。
そこにヒトと獣人の区別はなく、純粋に力のある者だけが評価される仕組みとなっていた。
会場の警備隊長であるイグニスは、来賓席の脇に立ち、武闘台を見下ろしていた。
隣には来賓である“英雄”ジョルジュ・レーガンが座っていた。
「さすが決勝だけあって、見応えがあるな」
「獣人が勝ち上がらなかったのが、自分としては意外でした」
「身体的にはヒトより獣人の方が優れているが、戦い方を学んでいる獣人はまだまだ少ないからな」
「村長が現役の頃は、獣人とも戦ったのでしょう?」
「あまりいい物ではないさ。血生臭い戦争なんてのは。ほら、勝負がついたぞ。あれはセイレンの騎士かな」
イグニスが武闘台に目をやると、戦いに勝利した騎士が剣を高らかにかざして歓喜の声を挙げていた。
観客席の民衆から、割れんばかりの拍手が起きる。
来賓客たちも立ち上り、興奮した面持ちで拍手喝采を送る。
来賓席の右斜め上には、国王と王妃の観覧席が設けられており、そちらからもパチパチと手を叩く音が聞こえた。
後は国王から優勝者への労いの言葉があり、この大会は閉幕である。
何事もなく無事に終わりそうだと、イグニスの気が緩む。
その瞬間―――
観客席を飛び越えて、何者かが武闘台に降り立った。
突然の事に、武闘台周辺を警備していた騎士たちも反応できていない。
一瞬反応に遅れたイグニスであったが、部下に来賓席の守護を言い渡し、即座に武闘台へ向かった。
「あんたが優勝者って事は…この辺りで一番強いのはあんたって事でいいんだよな?」
突然の珍入者は頭上の耳をピコピコと回しながら、身の丈ほどもある大剣を肩に乗せていた。
先程まで歓喜の声を挙げていた騎士は、その侵入者に剣を向けた。
「話が早くて助かるよ。腕試しだ!」
獣人の男は大剣を振り上げた。
イグニスが武闘台に着くと同時に、優勝者だった騎士が吹き飛ばされるのが見えた。
「さすが…強い」
侵入者は獣人であるらしかった。
しかもまだ若い。年の頃は15から16といった所か。
そこまで見立てて、イグニスは剣を構えながら武闘台に上がった。
消耗していたとはいえ幾多の強豪を押し退けて大会に勝利した騎士を倒したこの少年に、イグニスは油断ならない緊張感を覚えていた。
「君は何者だ!なぜこんな事をする!」
イグニスが問い掛けると、少年の耳がピコっと動いた。
「なぜって…ただ自分の腕を試したいからだとしか」
やれやれと首を振りながら、少年はイグニスに向き直った。
「君の…名前は?」
獣人がニッと笑う。
「リチャード!リチャード・ウェイカーだ!!」