第44話 ウェディング・セレモニー/リリーナ
「ところでお前の名前は?」
ひとしきり笑い終えたルーカスは、自分の眼下に組み伏している獣人の女性に問いかけた。
さっきまでずっと高笑いをしていた目の前の不気味な騎士からの突然の問いかけに、獣人は上ずった声で素直に名前を告げてしまった。
「リリーナ・フェンリル・ロハスだ」
言ってから「しまった」という表情をした獣人に、ルーカスは少し吹き出しそうになるが、かろうじて表情を崩すことなくやり過ごすことが出来た。
「ロハス・・・グレゴリーの身内か?」
「な、なぜ貴様が父の名前を!?」
またもや「しまった」という顔を晒す獣人を見て、ルーカスは彼女を押さえつけていた手を緩め、ゆっくりと彼女を座らせてやった。
「な、なぜ開放する?」
戸惑いを隠しきれない獣人リリーナに、ルーカスは剣先を向けながら答える。
「勘違いするな。逃がしてやるわけじゃない。お前がグレゴリーの娘なら、少し恩を売っておこうと思っただけだ」
ルーカスは6年前からずっと気に入らないグレゴリーの顔を思い浮かべながら、ニヤリと笑を浮かべた。
「やはり、父様を知っているのか!?貴様もしかして、ルーカス・ウェイカーか?」
「俺の名前を知っているのか。グレゴリーめ・・・」
おしゃべりな獣人の顔を更に鮮明に思い出しつつ、ルーカスは恨めしそうに言った。
「違う!父さまではなく、ステラ様が教えてくださったのだ」
「なに?ステラが?」
うかつなステラに対して思うところがないわけでは無かったが、仕方ないかとルーカスは自分を納得させた。
「ステラ様が言っていた。ルーカス・ウェイカーと名乗るヒトを見つけたら、自分の元に連れてくるようにと」
「ステラがそんなことを」
そんなお願いをこの獣人にするということは、ステラにとってこの獣人は信頼のおける人物だということ。しかし、もしかしたらこの女の言っていることがデタラメで、騙そうとしているのかもしれないということ。
ルーカスは二つの可能性を思い浮かべ、前者を選んだ。
「よし。俺をステラの所まで連れて行ってくれ」
「・・・私の話を信じるのか?」
すんなりと自分の話を受け入れたルーカスに、リリーナは驚きを隠せなかった。騎士のクセにこんなお人好しで、無警戒でいいのかと。
「ああ、君を信じるよ」
王城前の広場に数え切れない程たくさんのヒトが集まっていた。その中に、深くフードを被った者が2人いた。
「あー、姫?さすがにこんなにヒトだらけの所に紛れ込むのは、さすがの俺でも大胆すぎると思うんですがねえ」
フードの裾からチラチラと覗く目をぎらつかせながら、獣人アズール・フェンリル・ウォーカーは言った。
「姫は辞めてと言っているはずです。それに、このくらいの方が逆にバレないものですよ」
姫と呼ばれた獣人ステラは、アズールをたしなめるように言い返した。
「あー、まあ姫がそうおっしゃるなら、いいんですけどねえ」
面倒くさそうにアズールは言った。本当に面倒くさいのかあくびまでしている。
「護衛任務の最中にあくびなんて、貴方は本当に騎士としての自覚があるのですか?」
ステラが多少イラつきながら言う。
「あー、それはもちろん。姫のためなら、この身を盾にして」
「嘘ですね」
間髪入れずにステラが言った。
「あー、まあ嘘ですけど」
頭をかきながら、アズールがまたあくびをする。
いい加減イライラしてきたステラは、アズールの足を踏んだ。
「いっっ!!!!」
声にならない声を出して、アズールが飛び上がる。これでも声を出さないように気をつけたようだ。
「あー、姫!あまり目立つことは避けてください!」
「あら、ごめんあそばせ」
ふーんとそっぽを向きながら、ステラが言うと、周囲のヒト達が大きな歓声を上げ始めた。
「来たみたいね」
「あー、そうですね」
二人が顔を上げる。
王城のバルコニーに、ブロンズ王国国王と、その妻となる聖女ルーナシア・エルメスターが立っていた。
「さて、どうなるかしらね」
「あー、姫は目立たないようにしてくださいね」
コソコソと声を交わす二人のことなど誰も気にせず、ヒトビトは王に手を振っている。
ここにいるヒト達は、これから何が起こるのか知らない。




