第38話 眼帯の騎士/レーガン夫人の憂鬱
レーガン夫人ことサラ・レーガン。憂鬱になる時もある。
幼馴染のジョルジュが結婚の申し込みをしてきたのは今から2年前、セイレンでの内紛が終わる数ヶ月前の事だった。
ジョルジュは内紛中、何度もセイレンに派遣されていて、戻ってくる度にこの世の終わりの様な顔をしていた。その顔を気に入らなくて、「そんなに辛いなら騎士なんてやめればいいじゃない」と頬を引っぱたいた事もあった。
そうすると決まって、ジョルジュは黙って帰っていった。それがまた腹立たしくて、ジョルジュが帰った後はついついパパに八つ当たりをしていた。
ある日、いつもの様にジョルジュが何の前触れもなく訪ねてきて、「今日からまたセイレンに行く。サラ、俺が無事に帰ってくる事ができたら、俺と結婚してくれないか」と言った。
本当に、何の前触れもなくそんな事を言うものだから、私は生まれて初めて顔から火が出るかと思った。
ジョルジュの顔を見ると、とても思いつめた顔をしていた。その時無性に、この人のそんな顔を見たくないと思ってしまい、「いいよ。だからちゃんと帰ってきなさいよ」と返事をしてしまった。
そうしたら無事に帰ってきたばかりか、獣人側の指導者を討ち取る大手柄を立てて、英雄になって帰ってきたのだから驚いた。
帰ってきたジョルジュは真っ先に私の所に来てくれて、「結婚の約束、覚えてるよな?」なんて言ってくるので、「私はいつでもいいけど」なんて言い返してしまった。
でも手柄を立てたジョルジュは、それからしばらくは戦勝パーティーやらパレードやらに引っ張りだこで、話をすることさえままならなかった。
気付いたら、いつも玄関扉を眺めながらジョルジュを待つようになっていた。
そしてある日、ジョルジュが「一緒にサベッジ村を立て直そう!」と言って飛び込んできた。
それから1年、私達は廃墟同然だったサベッジ村を再開発し、新しい土地を切り開き、サベッジ村を取り戻した。
村に移転した聖ヴァナルガンド教会で結婚式を挙げたのは、つい1年前の事だ。
式を挙げてからこの1年で、村はますます発展し、ジョルジュもすっかり領主が板についてきた。順風満帆とはまさにこの事だと、私は思う。
ところで、ここに居るもう一人の幼馴染、同い年のルーカス・ウェイカーは、どうなっているのか。
毎度毎度、予告なく我が家に侵入してきて、しかも臭い。何故か毎回ボロボロの服を着ており、とてつもなく臭い。後から掃除をする私の身にもなって欲しいものだ。
6年前、ステラがいなくなり、騎士になると言いだしたかと思ったら、騎士見習いの身分で単身セイレンに渡って、騎士でもないのに眼帯の騎士とか呼ばれるようになっていた。
2年間の騎士見習い期間を終えて正式な騎士になると、今度は眼帯の獣人狩りとか、眼帯お化けとか、どこの誰がつけたのか分からないあだ名まで付くようになっていた。
内紛が終わってからもセイレンにとどまり、活動を続ける獣人を次々と切り伏せていった。そしていつの間にか、眼帯の騎士様と呼ばれるようになり、王都の騎士団に所属している。
彼がお世話になっていた聖ヴァナルガンド協会孤児院のシスタークロエによると、ルーカスはステラと「いつか迎えに行く」と約束をしているらしく、その為に騎士になったのだそうだ。
何はともあれ、英雄ジョルジュ・レーガンと眼帯の騎士ルーカス・ウェイカーと共に食卓を囲んでいる私サラ・レーガンは、多分この国で一番羨ましがられる場所にいるに違いない。
憂鬱だ。
「さすがレーガン夫人、あいかわらず肉が固い」
ガツガツと肉に食らいつきながら、ルーカスが余計な事を言っている。ちょっとカチンときたので、睨みつけてみる。
「文句があるなら食べなくてもいいのよ、眼帯の騎士様?」
「すいませんでした」
王国中の女性の、注目の的と言われる眼帯の騎士様が俯いている。ちょっとだけ面白い光景だ。
「あんまりルーカスを虐めてやるな、サラ」
愛しの旦那様がたしなめるように言ってくる。この人は、時々こうしてカッコつけようとする傾向がある。そりゃ確かに少し年上だけどさ。
この3人で食事をするのも、もう何回目になるか。こうして集まると昔話に花が咲く。
そして誰も口には出さないが、多分3人が3人とも同じ事を思っているに違いない。
ここにもう一人、彼女がいればきっともっと楽しいだろうと。
憂鬱だ。
サラは15歳で学校を卒業後、父親と同じ商会で働いていました。




