第33話 獣人の国の使者/王国建国史
「はじめまして。グレゴリー・フェンリル・ロハスといいます」
ドアを開けて入ってきた人物は、頭の上にピョコンと獣の耳を生やしており、紛れもなく獣人であることが伺えた。
ルーカスはその人物を見た途端、ガタっと立ち上がり、ステラを守るように彼女の前に立った。
「ルーカス!?」
「ぬっ、どうしたのだ!?」
ルーカスの突然の行動に、ステラとマクルーガー氏が慌てている。
「あはは、なるほど。君と会うのは二度目、いや三度目かな?」
「一度目は王都で、二度目はサベッジ村で・・・。あた、眼帯の獣人の仲間だな」
敵意を剥き出しにしたように、ルーカスが言い放つ。
一方で、グレゴリーと名乗る獣人は余裕を含んだ顔をしていた。
「眼帯の獣人というと、隊長のことかな。残念ながら隊長はここには来ていないよ。あの人が出てくるとどうにも騒がしくなるからね」
「アイツは、生きているのか・・・」
目を見開いて、ルーカスが言った。
「ああ、生きているよ。君と、もうひとりの騎士のおかげで全治6ヶ月の大怪我さ。今も療養しているだろうね」
グレゴリーの言葉を聞きながら、ルーカスは歯ぎしりしながら身構えていた。
「さて、そろそろ気を沈めて着席してはどうかな?マクルーガー氏も、君のお連れさんも、困惑しているようだし。それに私も、君と戦う気はない」
そう言うとグレゴリーは、腰に下げていたナイフを床に置いた。それから上着をめくり、更にナイフを2本取り出して床に置いた。
「ルーカス・・・」
ステラが心配そうに、ルーカスの肩に手を添えた。その手は震えており、振り向いてステラの顔を見ると明らかに怯えていた。
獣人にではなく、おそらく自分に。
かつて王都の街中で眼帯の獣人と遭遇した時も、ステラにこんな顔をさせてしまったっけ。ルーカスはほんの数ヶ月前の事を、はるか昔のように懐かしみながら、落ち着きを取り戻した。
「取り乱してすいません」とマクルーガー氏にも頭を下げ、ソファに座った。
「ふう、よかったよかった」
そう言いながらグレゴリーもソファに座ろうとすると、ルーカスがグレゴリーの足元を指差した。
「・・・ズボンの裾に隠しているナイフ」
不貞腐れたルーカスの指摘に、「気付いたか、ははは」と笑い、グレゴリーはズボンの裾をめくってナイフを取り出した。
「いやはや、君たちに面識があったとは。私の調査不足だったな。申し訳ない」
「マクルーガーさんが謝ることではありませんよ。至る所で恨みを買う、うちの隊長に問題があるのです」
開口一番、謝罪から入ってきたマクルーガー氏をフォローするように、グレゴリーが言った。
「君が大使として派遣された理由がよく分かったよ」
マクルーガー氏に、ルーカスも心の中で同意した。
「さて、では改めて。こちらはグレゴリー・フェンリル・ロハス。サベッジ山脈の向こう側、ニューブロンズ王国の騎士団の副団長だ」
「え?なっ?」
「は?え?」
いきなり大量の情報が流し込まれ、ルーカスとステラは混乱した。
「順を追って説明しましょうかね」
やれやれといった風にグレゴリーが口を開いた。
ブロンズ王国はそもそも、サベッジ山脈の銅を採掘する為に、セイレン王国のとある貴族が街を興したのが始まりだった。
その貴族はセイレン領の中でも外れの外れであるサベッジ山脈周辺を領地としており、銅が採れると分かった際は大変な喜びようだったという。
そうして銅山開発が進み、銅鉱の周りには鉱夫たちが住む為の街が出来た。
やがて、銅の加工、運搬の為に、山から海の近くまで街道の整理がされた。この街道は後にサベッジ街道や北の街道と呼ばれる様になり、サベッジ村と王都をつなぐパイプラインとなる。
鉱夫たちの街は、山の名前にちなんでサベッジと呼ばれるようになった。
そして、銅山が見つかって50年後、その地を治める領主が病で床に伏した。彼には息子が2人おり、周囲の人間は長男を担ぎ上げて、新王国を建国しようと主張していた。
しかし、その長男はあまり賢い人間とは言えず、銅で得た巨万の富に胡座をかき、勉学に勤しむこともせず遊びほうけているばかりだった。
そこで、一部の者たちは次男の方を担ぎ上げて、新王国の建国を目論んだ。次男は幼少期から勉学に励み、セイレン王国の最高学府、セイレン大学も卒業した賢い男だった。
しかし、貴族社会においては長男が家督を継ぐことが必然。結局、長男が後継者に指名された。
そのあとは長男擁立派によってあれよあれよという間に、セイレン王国の許可を得て、新王国が建国された。
国の名前はブロンズ王国。国王となった長男は、自分の姓をブロンズと改めた。
建国と同時に、サベッジの街と港の間に新たな街が作られ、そこが王都と定められた。国王は山での暮らしが余り好きではなかったようだ。
権力闘争に破れた弟はサベッジにとどまり、銅山の管理・運営に携わった。彼の手腕は確かなもので、鉱夫たちも彼に従い従順に働いた。
弟を中心に銅山の鉱夫たちが一致団結している様を見て、兄王は弟に反逆の意図ありと決めつけた。要は弟に嫉妬し、そのカリスマ性に恐れを抱いたのだ。
兄王は弟に、サベッジ山脈の向こう側に何があるのか調べることを命じた。これが第1回サベッジ山脈調査隊の派遣となった。調査隊は帰ってこなかった。
それからわずか50年後、2代目国王の在任中に銅が採れなくなった。発見から僅か100年でサベッジ銅山の銅は取り尽くされたのだった。
その後はセイレン王国に習い、農業で国益を維持していたブロンズ王国。
そして、サベッジ山脈調査隊の派遣は第1回の派遣後も続けられていた。
たいていは権力闘争に破れた貴族が派遣されることが多かった。つまりは国外追放である。
しかし、ブロンズ王国の者たちは知らなかったのだ、山の向こうに獣人の集落が点在しており、第1回調査隊としてこの地にたどり着いた初代国王の弟によって、獣人の国が建国されていることを。




