第31話 大商人の野望/唐突な別れ
シスター・マーサが妊娠していたという事実は、若干13歳のルーカスとステラには受け止めきれない大きな衝撃だった。
とはいえ、うろたえているのはルーカスだけで、ステラは毅然としていた。まるで先ほどマクルーガー氏から質問をされた時とは真逆になった様だ。
執事らしい人に案内されて、二人はシスター・マーサが横になっている客室に移動していた。部屋の中にはマクルーガー氏とメイドさんが一人、それから白衣を着た医者が一人いた。
「おお、来たか来たか。いやはや驚いたね。子どもを宿していたとは」
マクルーガー氏が部屋に入ってきた二人に気付いて手招きした。
促された二人は、ベッドに横になっているシスターに声をかける。
「シスター・・・」
「シスターやっぱり・・・」
ステラがやっぱりと言ったのを聞き、マーサは観念したような笑みを浮かべた。
「ステラにはお見通しだったか」
「そういうわけじゃないの、ただ、そうなのかなって」
「??」
完全に取り残されているルーカスは、話している二人を交互に見比べながら所在無さ気にしていた。
「妊娠して、まあ4、5ヶ月といったところでしょうかね」
白衣を着た医者が言った。この人がマクルーガー氏のかかりつけの医者なのだろう、穏やかな表情をした老人である。
「じゃあ、やっぱり・・・」
ステラがニヤニヤ顔を隠しきれなくなっている。
「そうなのよ・・・」
シスター・マーサも心なしか顔を赤らめていた。
「いやあ、私たちにはさっぱり分からないが、君たちの様子を見る限り、これは安心していいのだろうか」
マクルーガー氏が二人に話しかける。なんだか凄く気を使っている。
「えっ、ええまあ、はい。ご心配をお掛けして申し訳ありません。お腹の子の父親はわかっています」
シスターの言葉に、マクルーガー氏とその執事、メイドさんはホッと息をはいた。
「ただ、その父親はもう死んでしまったのです」
そこまで聞いてルーカスもピンときた。
「まさか・・・」
ルーカスの問いに、マーサは深く頷いた。
「そうよ、お腹の子の父親は・・・リチャードよ」
数ヶ月前の旧サベッジ村跡での戦いの前、シスター・マーサとリチャードは互いに想いを伝え合い、男女の契りを交わしていたのだった。
騎士である以上、無事では帰って来られないだろうと覚悟を決めていたリチャードは、その内に秘めていた気持ちを全てマーサに語ったのだ。そしてそれに応える形で、マーサもまた、積年の想いを口にし、二人は周囲に気付かれないように短い逢瀬を重ねていた。
マーサの様子がいつもと違うと、ヒトより敏感な獣人であるステラは気付いていた。いつも孤児院を訪ねてくる騎士リチャードの様子も、なんだかいつもと違うような・・・些細な空気を感じ取り、ステラは二人がもしかしたらそういう仲なのかもしれないと勘ぐっていたのだった。
マーサの口から、お腹の子の父親がリチャードだと告げられ、ルーカスは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
「大丈夫かね?」
ルーカスのあんまりな顔に、マクルーガー氏が流石に心配し始めた。
「あ、いえ、大丈夫です。ちょっと驚いているだけです」
そう言いながらも、ルーカスは未だに目を見開いたままの表情をしていた。
「ふむ、一つ私から提案があるのだが、いいかな?」
マクルーガー氏が部屋にいる全員を見回しながら言った。
「シスター・マーサが無事に子を産めるまで、私が面倒を見ようと思う。その代わりに、ルーカス、ステラ、君たちは私にセイレンの聖女の事を話す。どうかな?」
マクルーガー氏はどうしてもルーナシア・エルメスターの事を知りたいようだ。
「マクルーガーさん、いくらなんでもそれは。それに私は、出産はセイレンの実家にでも戻ってしようかと・・・」
遠慮がちにシスター・マーサが言うが、マクルーガー氏が食い下がる。
「なんと、ご実家はセイレンでしたか。しかし、ならば尚更、このマクルーガー公国に身を置いたほうが安全ではないですかな?セイレンの内紛は貴女が思っている以上に激しいのですよ、シスター」
マクルーガー氏の言葉に、ルーカスはいつかジョルジュの言っていた「地獄だった」という言葉を思い出していた。
旧サベッジ村跡での戦いを経験したジョルジュが「地獄」と言うほど激しくなっているセイレン王国の内紛、おそらくマーサの実家もただでは済まないだろう。それに、いつブロンズ王国が巻き込まれるか分からない。特に孤児院は、セイレンとブロンズを結ぶ街道に近い位置にあるので、流れてきた兵士による被害も懸念されている。
ならば、ここはマクルーガー氏の提案に乗ったほうが、マーサとお腹の子の為にはいいのではないか。
「わかりましたマクルーガーさん。俺とステラの知っていることを全てお話します。だから、どうかシスターとお腹の子をお願いします」
そう言ってルーカスは頭を下げた。
「私からもお願いします」
ステラもルーカスの横に立ち、頭を下げた。
「ちょっとあなたたち、勝手に・・・」
「はっはっはっは、実に優しい子どもたちだ。シスター、ここはどうか私の案に乗って下さりませんか?」
マクルーガー氏が改めてマーサに提案を持ちかける。その目は何かを企んでいるような怪しさがプンプンしていた。
「はあ・・・確かに、マクルーガーさんの仰ることも一理あります。ではこうしましょう、マクルーガーさんにどなたか医師をご紹介いただき、私はその医師の元で出産することにします」
「ふむ、そういうことならば。私の主治医の奥さんが、産婦人科医ですので、彼女を紹介しましょう。この国に滞在中の部屋は、どうか我が商会の提供する宿屋をご利用ください。こういう形で、いかがですかな?」
二カッとマクルーガー氏が笑を浮かべ、シスター。マーサもコクリと頷いた。
その後、シスターはマクルーガー氏の管理する宿屋へと馬車に乗って行ってしまった。ルーカスとステラはこのままマクルーガー邸に宿泊することになった。
思わぬ形で保護者と離れ離れになった二人は、マクルーガー氏にする話を整理する為、夜通し相談したのだった。




