第29話 セントラル/シスター・マーサの憂鬱
セントラル通商連合、通称セントラル。
ブロンズ王国の東側の小国が集まってできた商業圏の事で、本来はどこか一つの場所を指す言葉では無かった。元々は、小国郡が近隣の大国との商売を成立させるために作られた仕組みだったのだが、ある一人の傑出した商人の登場により、セントラルは大きくその在り方を変えた。
その人物こそ大商人カルカゴ・マクルーガーであり、これからルーカスとステラが会いに行く人物なのだ。
「あー、どうしてこう、あなた達は休む間もなく様々な問題を運んできてくれるのかしら」
たっぷりの嫌味を込めて呟くシスター・マーサは、馬車に寄ったのか顔を青々とさせている。時折、何かがこみ上げてくる様な声も発しており、その機嫌は最高に悪い。
「いや、シスター、言わせてもらうけど、俺たちだって何も毎回問題を起こしたくて起こしてるわけじゃなくて・・・」
「ルーカスはともかく、私は違います!信じてくださいシスター!」
「ちょっと!あんた何を自分だけ悪気が無い様な事を言って」
「ルーカスうるさい!シスター信じて!お願いです!」
「こ、こいつ・・・」
狭い馬車で騒ぎ立てる二人に、シスター・マーサが苛立ちを募らせていると、ガタンと馬車が大きく揺れた。
「わああ!」
「ステラ!大丈夫か!」
「ウッ!」
「わー!シスター吐くな!!」
「お客さん達ちょっとはおとなしくしてくださいよー!!!!」
あまりに乗客がうるさく、馬車の御者もついに吠えた。
馬車は道端の石を踏んで揺れただけだった。
馬車が、目的地であるセントラル議会議事堂のあるマクルーガー公国に到着したのは、その日の夜であった。
マクルーガー公国の国王は大商人カルカゴ・マクルーガーの兄である。つまりカルカゴは王家の血を引いている。しかし、彼は14歳で成人を迎えた際に、王位継承権を放棄しており、今後、自分の子どもが王位に就く権利さえも放棄している。裸一貫で商人に弟子入りし、26歳で独立。30歳の時にセントラル通商連合が発足されたのを機に、一気に販路を拡大し、事業の成功に至っている。一説によれば、通商連合の構想自体が彼の草案であるとされている。
宿で、シスター・マーサからくどくどとマクルーガー氏の逸話を聞かされているルーカスとステラは、目を細めていた。既に意識の半分は夢の中だ。
「二人ともしっかりして!明日もしも失礼があったら、どうなるか分かったもんじゃないのよ!」
「シスター・・・もう、寝る」
ステラが脱落した。
「ちょっとー!」
その後、マーサも寝てしまい、結局ルーカスとステラはろくにマクルーガー氏の事を予習できないまま、対面を果たすことになった。
「ああ、我らが神ヴァナルガンドよ。どうか私たちの身をお守りください・・」
マクルーガー邸の前で祈り始めたシスター・マーサを引きずりながら、ルーカスとステラは執事らしき人物に案内されて屋敷の中に入っていった。
案内されたのは応接間のようで、部屋の調度品一つ一つからは、いかにも高級品という雰囲気が漂っていた。セイレン大聖堂の応接室も立派だったが、そことは違う意味で立派だとルーカスは感じていた。シスター・マーサはソファに座り込んでグッタリしており、ステラが背中をさすっている。
「シスター、まだ馬車の揺れが抜けてないの?」
背中をさすりながらステラが問いかけるが、マーサは首を横に振るだけだった。
「昨日だけじゃない。なんだか最近ずっとその調子だよシスターは」
ルーカスがここ最近の様子を思い出しながら言った。
「失礼ながら、そこのレディ、あなたは医者にかかった方がいい」
恰幅のいい白髪の男性が部屋に入ってきた。3人はその人物に視線を向ける。
「突然失礼。わざわざこんな所までみなさんをお呼び立てして申し訳ない。私がカルカゴ・マクルーガーだ」
そう名乗り、カルカゴ・マクルーガーは、メイドを呼んでマーサを別室へ案内させた。「私のかかりつけ医を呼んで見てもらおう」と言っていた。
「さて、では本題に入ろうかな」
マーサが退室し、部屋にはマクルーガー氏とルーカス、ステラだけになった。
「私の息子、ミキャエルが収穫祭で君たちの世話になったみたいだね」
キリッと鋭い眼差しを向ける氏に、ルーカスは身構えた。
「あ、あれは、息子さんが屋台のおじさんに無茶な要求をしていたから!」
ステラが立ち上がって声を張り上げた。ルーカスは静かに目を閉じて、もうどうにでもなれと匙を投げた。
「ほう・・・」
顎をさすりながら、まるで値踏みするかのようにステラを見るマクルーガー。
「ところで、君は獣人のようだが。セイレンで起きている紛争についてどう思う?」
「え?」
突然の質問にステラは戸惑う。ルーカスも目は閉じたままだが、耳を立てた。
「失礼。純粋に疑問に思ってね。このセイレンでの紛争を、セイレン国外の獣人はどう考えているのか、というね」
「それは・・・その」
ついさっき威勢良く声を上げていた姿はどこへやら、ステラはしどろもどろになっていた。
「マクルーガーさん、ステラは少し事情があって、あまりそういう話はしないでもらえると助かります」
ルーカスが助け舟を出す。この口上は予めシスター・クロエから教えられていたものだ。面倒くさいことを聞かれたら、こう言い返せと。
「失礼。年を取ると遠慮というものを忘れていかん。実を言うと、息子の件は君たちを呼び出す口実にすぎんかったのだ。本題は別にある」
「え?」
今度ルーカスが頭をかしげる番だった。




