第21話 聖堂/星語りの巫女
聖女とはヴァナルガンド教において、神ヴァナルガンドの次に信仰の対象となっている存在である。
聖女は象徴の様なもので、存在していることに意味があり、何も特別な者がなれる訳でもない。
聖女は14歳の少女の中から、聖ヴァナルガンド教会セイレン大聖堂の司祭によって選ばれる。選ばれた少女は20歳になるまで聖女を続け、その後は教会のシスターになったり、教会とは無縁の職に就いたり、貴族の家に嫁いだりと様々である。
その起源は、かつて神ヴァナルガンドに捧げられた生贄にちなんだものであるとされているが、詳細は分かっていない。
また、聖女の選出がセイレン大聖堂の司祭によってなされている為、聖女に任命される少女は代々セイレン王国の少女となっており、周辺諸国に点在する協会からは度々公平性を欠くとの批判の声が上がっている。
セイレン王国王都ヴァナルガンディの観光をしていた一行は、たまたま獣人のチンピラに絡まれていた聖女ルーナシア・エルメスターを助け、彼女の案内で聖ヴァナルガンド教会セイレン大聖堂まで来ていた。
セイレン大聖堂は王都ヴァナルガンディの中心街にあり、その周りには幾つもの露店が開かれていた。
「神聖な聖堂の周りに露店が・・・」
ブロンズ王国では考えられない光景を目にして、シスターマーサがわなわなと口を開けている。
「聖堂の維持にはお金がかかるので、露店を出したいという商人から寄付を受け取って、店を開くことを許可しているのです」
聖女ルーナシアが自信ありげに胸を張る姿を見て、シスターマーサは口を開けたまま呆れた表情をしていた。
ころころ変わるシスターマーサの表情を見て、ルーカスは「シスターマーサ、少しは元気がでたのかな」などと考えていた。
「シスターマーサ、孤児院も何か売って商売をすれば、もう少し運営が楽になるかもしれない」
呆れたままのシスターマーサに近付いて、ステラがそっと耳打つように囁いた。その甘い誘いに、マーサの表情が一瞬ゆるむが、気を取り直したのか頭をブンブンと横に振った。
「ステラ、商売はそんなに簡単じゃないわ」
何を思ったのか、真顔でそう告げたシスターマーサに、ステラは思わず吹き出してしまった。
「シスター、そんな、大真面目に、考えなくても・・・」
あくまで冗談のつもりだったステラは、逆に面くらい笑いが止まらなくなっていた。その傍らで、ルーカス・ウェイカーと商人の娘サラ・ミラーがブツブツと呟きながら、孤児院で売るなら何を売るか、どういう物が売れるかという内容の議論を交わしていた。
「冬場は干し肉がいい。猪とか、獣臭いけどちゃんと処理すれば食べられるし」
「確かに、あんたの作った干し肉は美味しかったし。それを孤児院の子ども達が作ったとして売り込めば・・・」
「なんか、いけそうな気がしてきた」
「いや、いけるわよコレ。絶対売れる!」
「売れねぇよ」
年下の幼馴染二人の妄言を、ジョルジュが鋭く断ち切った。
そうこう話しているうちに、一行は聖堂の中に入っていた。
聖堂の入口をくぐると、中には幾つもの椅子が並び、その先には神ヴァナルガンドを模したと言われる御神体が祀られていた。
「作りは教会とそう変わらないわね」
聖堂の中を見回しながらマーサが呟く。ルーカスとステラも、いつも祈りを捧げている教会にそっくりだと感じていた。
「はい。というか、周辺諸国の教会は全て、元々はこの聖堂を模して作られているんですよ」
聖女ルーナシアがくるくると回りながら解説する。
「そういえば、修練の時にシスタークロエが言っていたような」
「さすがステラ。よく勉強しているわね」
えらいえらいとステラの頭を撫でるマーサだったが、その視線は何故か、静かに冷たくルーカスに向けられていた。
「なんだよ!俺だって覚えてますよ。確かそんな事言ってたな~って」
「ど~だか・・・ねぇ」
信じられないと言う口調でマーサが言う。
「ルーカスはその時修練サボってた!」
「へぇ~」
ジトーッとマーサに睨まれ、ルーカスは目線をそらして黙り込んだ。その様子を見て、サラとジョルジュがクスクスと笑い合っていた。
「さあ、みなさん、どうぞこちらへ。奥の応接間でお茶でも飲んでいってください!」
先程までくるくる回っていた聖女が、いつの間にか脇のドアから顔を出していた。彼女に言われるがまま、一行は応接間に行くのだった。
応接間もこれまた立派な作りだった。大きな机と、ふかふかのソファ、そして部屋の壁という壁を、本棚が埋め尽くしていた。応接間とは名ばかりの、書斎のようだった。
「教会にはこんな立派な部屋はないね」
ステラがボソッとルーカスに呟く。一応、シスターマーサに気を使っているつもりのようだ。うんうんと頷きながら、ルーカスは「いつか増築してこういう部屋を作るのもありなのかも」とほんの少しだけ、将来に夢を馳せていた。
「お茶を入れてきますので、みなさんどうぞおくつろぎください」
そう言って聖女が更に奥の部屋に入っていった。
「くつろげと言われても・・・こんな本だらけの部屋」
つまらなそうに呟くジョルジュの肩を、サラがぽんぽんと優しく慰める。
「よしよしジョルジュ、まあそう言わずに、あんたはこれを読みなさいな」
そう言ってサラが手渡したのは、『お調子者の騎士の大冒険』という絵本だった。本の表紙を凝視し、中をパラパラとめくりながら、ジョルジュはサラに馬鹿にされたことに気付いた。
「俺でも絵本くらい読めらぁぁぁぁぁぁ!」
その頃、ステラはある一冊の本を手にとっていた。本の題名は『ステラズ・クロニクル』といい、内容はあるひとりの少女の冒険譚だった。
『少女の名はステラといい、身寄りのない獣人の子だった。ステラは神ヴァナルガンドの啓示を聞き、それを人々に伝える為、旅に出た。最初はステラの話を信じなかった人々だが、徐々にステラに心を開いていき、旅に同行する者が一人また一人と増えていった。やがてステラは星語りの巫女と呼ばれるようになり、人々から崇められるようになった。』
頭の中でパラパラとめくって呼んだ内容を整理するステラ。そこに聖女ルーナシアが顔を出して言った。
「その本、面白いですよね~。実はですね、ここ数年の研究で、その本の主人公ステラこそ、聖女の起源なのではないかと言われているんですよ。実際、王都の外れ、山脈のふもとの村では、星語りの巫女の座を代々受け継ぐ文化が残っているそうですし」
「それ、本当?」
「ええ、本当ですよ。そういえば、あなたのお名前もステラ・・・ですね。何かご関係が?」
聖女の問いかけに答えられず、ステラは黙り込んでしまった。




