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ステラズ・クロニクル  作者: 森田ラッシー
第一部 ブロンズ王国編
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第15話 死闘/帰還

 月明かりに照らされて、鮮血が舞うように吹き出していた。ルーカス・ウェイカーはその光景を、ただただ見ている事しかできなかった。3年前、家族が殺された時と同じように。

 リチャード・ガーフィールドの胸を、獣人の剣が真っ直ぐに貫いていた。リチャードは、不思議と痛みを感じていなかった。まだ自分が息をしている事に気付くと、ゆっくりと右腕を動かし、獣人の顔に手を伸ばした。

 息を切らしながら、両手で剣を握っていた獣人は、目の前の男がまだ動くとは思ってもみなかった。男の手が自分の顔に迫ってきているのに気付いたときには、獣人の右目を覆っていた眼帯は奪われ、素顔が曝されていた。


「ははは、そんな顔をしていたのか」


 息も絶え絶えに騎士リチャードが笑う。未だ生命の尽きない目の前の男に、獣人は初めて畏怖を感じた。


「あー、まだ死なねえのか・・・?」


「はは、もう死んでる・・・のかもしれないね」


 リチャードは右手に掴んだ獣人の眼帯を、更に強く握り締めた。そして今度は左手を動かして、獣人の右足に突き立てられている自分の剣を探り当てた。剣の柄に手を当てて、更に深く刺さるよう押し込んだ。

 右足に激痛が走り、獣人が顔を歪ませる。


「あー、てめえ、いいかげん、しつこいぞ・・・」


 獣人は右足に刺さった剣を勢いよく抜いて、放り投げた。そして、リチャードの胸に突き立てた剣を、勢いよく引き抜いた。

 再び鮮血が舞い、座り込んでそれまでの様子を傍観していたルーカスがハッと我に返る。後ろ向きに倒れるリチャードが目に写り、ルーカスは身を乗り出した。が、今まさに倒れようとしているリチャードが、こちらを向いて、口を動かした。


 に・げ・ろ


 ルーカスには、リチャードがそう言っているように見えた。

地面に倒れたリチャードの周りが、あっという間に赤く染まっていった。



逃げろ?何から?なぜ?俺が弱いから?あいつに勝てないから?リチャードさんがなぜここに?俺を助ける為?俺のせいでリチャードさんが?また何もできなかった?


ルーカスの頭の中を、一瞬の内に無数の言葉が駆け巡った。ルーカスはほぼ無意識のうちに動き出し、獣人の男めがけて駆け出していた。

獣人が剣を振り下ろす。その剣先はルーカスの右目を切りつけた。しかし、ルーカスは怯むことなく獣人に向けて、石のナイフを突き出す。

かろうじてかわした獣人だったが、その顔は痛みを我慢しているようだった。騎士リチャードによって深手を負った右足が、僅かに動かしただけで激痛を生んでいた。

痛みを覚悟して獣人はルーカスから距離をとった。そして、再び剣を振り下ろした。

ルーカスは石のナイフで剣を受け止める。獣人は何度も何度もナイフを叩くが、ルーカスは決してナイフを手放そうとはしなかった。


「あー!?なんで折れねえんだ!こんなナイフが!」


 痛みと苛立ちで激しく顔を歪ませた獣人が叫んだ。叫びながらもナイフを思い切り叩き続ける。

 やがて、石のナイフの表面にヒビが入った。獣人はそれを見逃さず、更に激しい一撃をお見舞いした。すると、石のナイフから、ポロリと何かが落ちた。そしてナイフ全体にヒビが入り、少しずつ表面が欠けていった。ポロポロと剥がれていったナイフの表面のしたには、赤銅色に輝く何かがあった。


「あー??その光り、まさかヒヒイロ・・・」


 獣人の言葉を遮るように、ルーカスが獣人の右足を思い切り踏みつけた。声にならない声を上げる獣人の顔に、今度は拳を叩き込み、獣人は倒れる。

 ルーカスは獣人から離れ、落ちていたリチャードの剣を拾い上げる。


「隊長――――!!!!!」


 暗闇からもう一人獣人が現れた。剣を構えるルーカスに切りかかり、服の襟が切り裂かれた。破れた襟から、ルーカスがステラからもらったペンダントがこぼれる。


「その文字は!?くっ、今はっ!!」


 ペンダントを見て獣人がうろたえるが、すぐさまルーカスと距離を撮り、倒れている獣人を担ぎ上げ走り去ってしまった。

 剣を構えたままだったルーカスは、獣人たちの姿が見えなくなると糸が切れたように地面に座り込んだ。


「リチャードさん・・・」


 ルーカスは倒れているリチャードの方へ、這っていった。

かろうじてリチャードは息をしていたが、彼の周りは血で染まっており、明らかに血が流れすぎていた。


「リチャードさん、今、止血を」


 ルーカスが着ていた上着を脱いで、止血に使おうとすると、リチャードが口を開いた。


「ルー、カス。逃げろ、と、言ったろう」


「リチャードさん!喋らないで!!」


「もう、手遅れだ。血が、流れすぎた」


「そんなこと!」


「マー、サに、伝えて、くれ」


「えっ?」


「約束を、守れ、なくて、すまない、と」


「約束?リチャードさん?」


「頼、む」


 そう言うとリチャードは静かに目を閉じた。





 夜明けとともに、サベッジ村を包囲していた獣人の部隊は姿を消した。

第14期サベッジ山脈調査隊は、出発から僅か1日で王都に戻ることを余儀なくされた。僅か一晩のうちに、100人近くいた隊員の数は半分ほどに減っていた。腕の立つ騎士が、何人も犠牲になった。



 孤児院に戻ったルーカスは、シスターマーサにリチャードから預かった言伝を伝えた。

マーサは一言「ありがとう、ルーカス」とだけ言って部屋に戻っていった。


 ステラは傷だらけのルーカスを労わるように、見えなくなった右目を優しくなぞり、「おかえり」と微笑みかけた。「ただいま」と言ったルーカスは、笑いながら涙をこぼした。



このだい15話で、一区切りということに。

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