第31章 連れていって 3
「魔術を使いすぎた。直撃しなくても、圧で十分だっただろうさ。悪いけど、見せてくれるかな」
近寄って、跪く。晶は無言でハルを横たえた。ふらりと立って歩み出すのを、テミストと千梨が呼び留めかけたが、強くは言えずに見送ったらしい。
「……太陽の花がまだ残ってる!」
「あれは若返りの術であって生き返りの術じゃないよ」
「いいじゃないの!」
「本来の寿命の半分を越えていなければ効果はない」
食い下がる千梨を黙らせたのはマリッカだった。
「愚かな子。自分のために生きることを知らぬまま」
「あたし、なのに」
テミストが呟く。
「悪いのはあたしなのに。あたしを、あたしも、助けて……あたしたちを助けて……間違ってた、んですか?」
「結果がこうだ」
レイが肩を竦める。
「いいでも悪いでもないよ。原因に見合う結果が返った。本人は満足だろう」
「それが愚かだと言っている」
「君はね」
「おまえには」
マリッカはハルを見下ろした。
「おまえ自身の望みというものはなかったの?」
そこに軽蔑の、また嫌悪の響きはなかった。弟にして弟弟子を、悼む言葉であったかもしれない。
──いずれにせよ、それを晶は聞いていなかった。
晶は一点だけをみつめて、そこへまっすぐ向かっていた。急がなかったのは恐れがあったためだ。思い違いであったら──そうだと思ったものが、実はそうでなかったら。
だが、それはもう目の前にあった。千梨たちを乗せてきた、空を駆ける馬車の扉に重なるように出現した〈扉〉。確かにそうだったとわかっても、心は特に動かなかった。
「……時には血水晶、時には夕日玉。色を変え、形を変える、かの秘宝の……在処へ」
取り出した〈鍵〉を、鍵穴に挿す。かちりと回した。
「──アキラ!?」
テミストが気づいて叫んだが、顧みなかった。開いた〈扉〉の向こうへと、晶は踏み出した。
そこは高原であった。
空気は涼しく、また薄いようだった。気圧の違うところへ急に来たためか、幾分頭が痛いようだったが、構う気にはならなかった。
広々として、見渡す限り無人で、明るい黄緑の草が一面を覆い尽くしている。日光をちらちらと反射し、風にそよいではきらめいて、ガラス質の何か、それとも宝石の欠片のようだった。
黄色の次は、黄緑色。
「ハルを……」
言いさして、晶は首を振った。
「生き返ったら万事解決ってわけでもないな。テミストも、マリッカも」
ははっ、とこぼれた笑いは乾いて自嘲のようだった。
「死んだ人間が生き返ってるんだぜ? それでもまだ、不満だなんて」
それはいささか公正でない言いようだったかもしれない。秘宝を使った当人であるところのハルは、その結果を受け入れていた。認められなかったのは自分だ。いや、そのハルとて、マリッカのことは受容できていなかった。
再び命を得たテミストは、しかしそれでは足りずに母を求めた。母だけでも足りずに故郷を求めた。ハルを捨てようとはしたけれど、本当は友であり続けることを望んでいただろう。
再び地位を得たコトは、その地位を保ちながら長い人生を送りたかったに違いない。エルクを愛しい人と呼んだのが本心なら、何者にも邪魔されずに添い遂げたかったのかもしれない。
ハルが死んでしまっては。蘇ったとしても、目の見えないままでは。視力が戻ったとしても、コトに脅かされ続けるようでは。コトが脅威でなくなったとしても、例えばマリッカに何かあったら。
テミストが死んでしまっては。助かったとしても、ハルを売るようでは。ハルを二度と裏切らなくても、それゆえにエルクを敵に回しては。エルクが手を引いたとしても、例えばテュカに何かあったら。
晶は受け入れきれないだろう。自分の身に起こったことでなくとも。
贅沢なこと。それとも、当然のこと。
「なあ。俺は」
揺れてはきらめく草の海に触れて、少年は囁いた。
「幸せで、いたい――よ」
さああ――と。
指先に生じた輝きが、草原全体に広がって――。




