表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何を願って  作者: 文絵
94/101

第30章 ここに 4

「――アティスっ、俺らを逃がせ、三人とも! 同じ場所に!」


 青い影がハルの胸元から飛び出した。


 瞬時に折り返してハルをかっさらい、と思うや今度は晶自身が抱え上げられて、すぐさま下ろされたのはハルの隣りだった。跳ね起きれば壁のひびは右手に見えた。同じ大きさのひび割れが、そことこことの間にもう一つ収まりそうなほどの距離を置いて。真後ろを振り返れば、アティスは早くもテミストを抱き上げている。


 やった、と内心でガッツポーズぐらいしたかもしれない。ほら見ろ、この期に及んで相性なんて、本人だって気にしてない!


「今」


「テミストも大丈夫だから!」


 返事が終わらないうちに、アティスは少年たちの前に戻ってきて少女を下ろした。蔓草の這った、焼き払った跡を、黒い蹄は問題なく踏みつけて駆け抜けたらしい。


「アティス」


 ハルは先にそちらの名を呟いた。戻って、とそれから短く命じ、使い魔はその胸元に吸い込まれる。


「あ、あたし、……あたし」


「テミスト。その髪飾り、テミストじゃなくても使える?」


 目を潤ませてどもるテミストに、ハルは簡潔に問うた。息を一つ呑み込んで、テミストは頷く。愁嘆場を繰り広げている場合ではない。


「うん。触わって呪文唱えるだけ」


「ピンクの片方、誰かに渡した?」


「お母様に」


「黄色のもう片方は誰が持ってるの?」


「……お父様」


 テミストの父。コトの夫。ボイルの領主。


 テミストにハルを引き渡せと指示した。コトには――ハルを殺せと、指示した?


「ピンクの、晶に渡して。呪文教えてあげて」


 焦りで少々たどたどしい手つきになりながら、テミストはそちらの髪飾りを外し、晶に握らせた。エルクよりもテュカの方が安全だ、迷う余地もない。


 そこまではよかった。


「テミストはお父様で我慢してね」


 ――え?


 次の瞬間、深紅の雷がまたぶつかった。激しい振動、だが先ほどより弱い気がする。手加減したのか、だが、だとしたら。


「え、ちょっと待っ」


「貸してね」


 ハルが二人の手首をつかむ。ふっと力が抜けて、晶は地面に伏した。つかまれた側と反対の、髪飾りを握った方の腕と、首から上だけが普段通りである。へたり込んで転がる体が視界にもう一つ入る。


「ハ……」


「逃げて」


 どうにか上げた顔の前に、透き通る半球が分厚く生じて、少年魔術師との間を隔てる。向こうで壁が消えたのがわかった。ひびが見えなくなったのだ。


 話が違う。


 桃色の髪飾り一つで、三人とも運ぶことができるかを、まずは試すのではないのか。それが駄目なら二人で試すのではないのか。


 腕と頭が、手と口が生きているから、髪飾りは使えるけれど。自分と、恐らくはテミストも。


 一個で、一人。


 二個しかない。


 魔術の、否、何かを撃ち出す気配があった。コトからだ。立て続けに放てるのは、ひとつ前の攻撃がやはり全力でなかったためだろう。敢えて残しておいたのだ。


 動かせる手をついて、上半身を持ち上げる。ハルの後ろ姿が立ちはだかっていた。青白い光がその杖から、幾筋もに分かれて伸びている。


 まっすぐ向かってくる黒を避けて回り込むように。


 一目でそうと見て取れたとしても、理解は追いつかなかった。理解が及ぶ前に本能が働いて、晶はまた突っ伏して頭を覆った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ