第30章 ここに 2
気の遠くなるような時間だった。自分の無力にこれほど歯噛みしたことはなかった。仕方のないことではあった──エルへ来てすぐ魔術の訓練を始めていたとしても、今このときまでに使い物になっていたかは怪しいし、そもそもそんな必要性をそんなに早くから覚えることはなかっただろう。何かと物騒な世の中だからと、襲われたときに備えておけと勧められたなら違っただろうか? いや、それは問題のすり替えだ。自分が甘かったという話ではないはずだ。ケアルにしてもコトにしても、世の中がどうこうという問題ではあるまい。
魔術に太刀打ちできないことも、太刀打ちできるようになっておかなかったことも。指をくわえて見ているしかないことも。そうしてもしも、テミストがコトに目の前で打ち倒されてしまったとしても。仕方がない。自分の非ではない。
だから何だ。誰一人責める者がいなかろうと、そんな終着点は自分自身が受けつけられない。
悔いても詮無いことである。晶に魔術は使えない。飾り紐の魔術も残っていない。待つしかない。成功を祈るしかない。ラリサなら、マリッカなら、きっとより強力な魔術でコトなど一ひねりしてしまうのに!
──あ……!
「あの場所を過ぎたよね?」
「ああ」
最初の着弾の跡、赤黒く爛れた一帯を、テミストが通り過ぎたのだ。やっと再び方向を変えて、こちらを目指して一散に走ってくる。
安堵を覚えたのは一瞬だった。
「テミストっ、足元!」
「──きゃっ!」
上げた悲鳴は毛虫でもみつけたときのようだったが、荒れた地面に蠢いていたのは毛虫どころではなかった。黒々とした蔓草、それとも蔓草を模した何か。あの一帯から幾筋も地を這って伸び、今にもテミストに達しようとしていた──後ろから追うのではなく、わざわざぐるりと前に回り込んで。気づかれたとわかった瞬間、それらは蛇のように一斉に鎌首をもたげた。
後ろ向きとは思えないすばやさで数歩下がるや、身を翻してテミストは逃げ出す。また遠ざかってしまう、これでは。
「何?」
「地面! 何か蔓みたいなのが追っかけて……!」
一言ハルが問い、答えようとした晶は、口から出てきた言葉の拙さに頭を掻き毟りたくなった。ああ、これじゃ説明にならない。的確に伝えられる気がしない。
追い縋る黒い蔓が足首を捕らえた。転びかけた腰に絡みついて、ぐっと引き戻した。転ばずには済んだ、ものの。
「捕まっ……!」
「杖の先をテミストに向けて!」
晶は杖をひっつかんでその通りにした。
テミストが火柱に包まれた、ように見えた。その体を捕らえていた蔓が焼け切れて落ちる。思いも寄らない光景に、晶は固まった。
人の背丈の倍ほどの高さまで燃え上がっていた炎は、人の歩みの半分ほどの速さで広がっていき、徐々に高さを減じていって、テミストが現れた。炎に包まれたのでなく、囲まれたのであったらしい。足に絡んだままの蔓の先端を、ばたばたと踏みつけて外している様子からして、火傷も負っていないようだ。
「脅かすなよ!」
「どうなった?」
「大丈夫、ちゃんと──」
「コト!」
ぎょっとした叫びはテミストである。




