第29章 傍らに 3
テミストが一瞬口を覆ったのと、一度くしゃりと歪んだ目を決意のまなざしに変えたのとが、晶にも見て取れた。
「こんなやり方することないじゃない。お父様はそんなこと言わなかったわ」
「適材適所というの。呼び出すまでがあなたの仕事、ここからはわたしの受け持ちよ」
「勝手なことしたら、コルカだって黙ってないわよ。だからお父様は連れてこいって、そうよ、連れてこいって言ったの!」
からかうような顔つきを見るに、コトが気を変えるとは思えなかったけれども、時間稼ぎにはなりそうだ。一息、吐ける。
「……テミストが」
ハルが囁いた。
「テミストも、戻ってきたよ。アキラ」
「ああ、うん、そうだな」
杖を握る手に力が入る。
「怒らないでくれる? 嬉しいの。嬉しいんだよ。……テミスト、が」
わざわざ口に出したのは、晶をなだめるためだったろうか。赦してやってと言外に告げたのだろうか。
晶はぐっと奥歯を噛んだ。自分とて、あのままテミストが撃ち抜かれていたら、自業自得だと切り捨てることはできなかっただろう。自分たちと母親を天秤にかけたのはテミスト自身ではなかったし、……同じように天秤にかけなければならなくなったら、ハルはまず間違いなくマリッカでない方を捨てる。
どの面下げて、と。裏切り者、と。──思えない。自分自身の怒りからかばいたくてならない。コトの魔術がテミストに向かうことを察した瞬間の、胸の潰れるようだったあれが、率直な気持ちではないか。
地位じゃないか、とは思う。釣り合いが取れないだろうとは思う。テミストがハルに払わせようとした犠牲は、地位のために、地位と引き換えに、諦めても構わない程度のことではあるまい。仕方なかったな、おまえも辛かったなと、一から十まで認めてやる気にはなれない。
だが。とはいえ。
「直接、言ってやれよ」
葛藤は内心に収めたまま、それだけ告げた。ハルは微笑したらしかった。
「……あの人、さっきから遊んでるから、アキラやテミストのことも狙うかもしれない」
「逃げるだけなら何とかなるって」
「飾り紐の、さっきのが二回目でしょ」
指摘されて初めて思い出した。飾り紐に込めた魔術は二回分だったのだ。使い切ってしまったから、先ほどは結界が現れなかったのである。つまり青と緑の、速く走る魔術ももう使えないわけだ。
必死に訴えかけるテミストに、コトは薄笑いを浮かべながら応じている。遊んでいるとハルが評した通りなのだろう、こちらが言うのもおかしいが、ハルを放ってテミストにかまけている場合ではないはずだ。
そちらを見やって――思い出した。
「なあ。あいつのあれ、髪の。ワープに使えるんだったよな」
「そうだよ。テミストは大丈夫。行き先が決まってる代わりに強力だし、使うと減るような仕組みじゃなかったはず」
「一個で一人、かな?」
黄色と桃色、二個しかない。
言いたいことは通じたらしい。
「……二人や三人も運べるかもしれないし、魔術で効果を増せるかもしれない、ね」
「テミストがここまで来ればいいんだ。あいつも持ってるだろ、走るやつ」
「身につけてなかったと思うよ、今日は」
「マジかよ」
素に戻ったときのような舌打ちを無意識に挟む。言えた義理ではないが。
アティスは? ともう一度訊いたが主人は頭を振った。それから深呼吸を一つする。
「ここに着くまで絶対に守る。テミストも、僕たちも」
どうしたってハルに頼ることになるのだ。心境はどうあれ事実としては、やはり負担を増やしたにすぎなかったかと、幾分の後悔は覚えたけれど。
ふっと、微笑まれた。
ちゃんと、自分も入れた、な。
「……一個思いついたんだけど」
「二個目じゃない?」
指摘に腰を折られて、思わず唇を尖らせてから。
真面目な顔に戻って、訊いた。
「体力と、視力も。俺から吸い取れない?」




