第26話 終わりゆく 4
大分経ってから、ハルが思い成しか眉を寄せて寝返りを打った。またしばらく経って、仰向けになった。
「テミスト、アキラ……」
小さな、とはいえ明確な呟きが聞こえた。
いつしか半ば俯いていた顔を上げたところが、布団の端を握って涙ぐんでいるから慌てた。反射的にベッドから下りれば、気配を感じてか目がぱちりと開く。
「ハル」
「……ああ、そうか、夢」
「何、俺らに何かあった?」
枕元から例の首飾りを取って、渡してやりながら意識して声をかける。ハルは一瞬首飾りでなく手の方をぎゅっとつかんだが、晶を困らせないうちに放して本来の目的を受け取った。
「アキラが帰るのを見送っててね。それまではテミストも一緒にいるつもりでいたんだけど、行っちゃったね、って振り返ったらいなくって。そうだった、って会いに行こうとしたら、何だかどこに行っても会えないの」
入れ違いになって。見当違いの場所を訪ねて。どこそこに行ったらしいよと教わったのに、着いてみたら影も形もなくて。
「アキラに相談しようと思ってもいないしさ。起きてからも寝惚けてて、後はどこ捜したらいいんだろう、って考えてた」
「やな夢だな」
晶はベッドに座り直した。もう落ち着いただろうし、見えているだろう。感じ取りやすい距離まで近づいてやらなくてもよい頃だ。
「まあ、夢だから。俺はまだいるよ」
「……夢はこっちかもしれないよ」
首飾りを持つ両手が拳になる。
「だって、信じられなくない? まさか自分が異なる天の下に呼ばれるなんて」
「……え、あ、俺の夢って話?」
「鮮やかで、真に迫って、本当みたいな……でも、覚めたらそれっきりの、さ」
怖いことも、悲しいことも、寂しいことも。夢であれば、憂えるには及ばない。寝覚めが悪くても速やかに忘れて、自分の現実に戻ればよいだけだ。
自分の世界へ戻ったら、エルのことは夢と思って忘れてしまえ。その方がきっと、楽になる。そうした主旨のことを言おうとしたのだろうけれど。
「そっちの方がぞっとしないわ」
晶は肩を竦めてみせた。真面目に受けてはいけないような、つきつめてしまうと怖い結論が待っているような予感がして、強いて軽い調子で返したかもしれない。
自らに言い聞かせるまでもなく、本当に忘れてしまう可能性に、思い至りたくなかったのだ。意識の下では感づいてしまっただろうけれど。
二人の前にぱたぱたと折り鶴が飛んできたのは、その日の午後のことだった。晶は気づかないハルを引き留め、指摘されればわかったらしいハルは掌を上にして手を揃え、その掌に折り鶴は舞い降りた。
「ハル、アキラ。早すぎると思うかもしれないけど、会いたくなっちゃった」
テーベの外になるんだけど、見晴らしのいい丘があってね。森があってね。二人と一緒に歩きたいなとか、見たいなとか、……あ、その、行きたいなって、つい思っちゃって。
訥々と、少女の声が告げる。折り鶴に話しかけているところを想像すると、おもしろいようでも微笑ましいようでもあった。
……なんか、くすぐったいな。会いたいって言われるなんて。
「タイミングよすぎ」
「今から行くよって返事していいかな?」
そう訊いたハルも同じ気持ちだったかもしれない。
「本当に今から、その、すぐ行く?」
「でも、空飛ぶのは嫌でしょ?」
「……もっとゆっくり飛ぶとかしてくれたら」
「それは天馬にとって酷なんじゃないかな」
そうは言ったもののしばし考えて、一回ぐらい我慢してもらおうかな、と独りごちる。そもそも伯母が車を貸してくれたらの話だとも呟いていたけれど、断られることはなかろうと晶は心配しなかった。




