第26章 終わりゆく 1
コルカ領主の市井に育った息子が、このたび正式に認知された。暴漢に狙われた領主を魔術で以て守ったという。
その噂を初めて耳にした自分がどんな顔をしたのか、ハルに伝わっていないだろうことが、この際、悔しい。
「ちょっと。聞いてないんだけど」
「……言わなかったのに」
ハルは頭を抱えた。
「マリッカは姉弟子だって言ったじゃん」
「姉弟子だもの。姉弟弟子のつもりでいるもの、ずっと。ルーシェ様だって、マリッカの姉上だっていうつもりでいるもの」
隠したいから伏せたのではない、嘘は吐いていないからと誤魔化したのでもない。実感のままに、素直に話したのだ。素直に話すとそうなったのだ。マリッカやルーシェを姉であると、異母姉であるとことさら考えたことはないし、領主を父と感じたこともない。わざわざ言及しようとも思いつかないぐらい、意識の外にあったのだ。そのように語るハルは、比喩でなく頭が痛そうだった。
ハル=トーラニオ=コルカイオ。コルカの支配者たる家系を示す姓と、トーランを父親に持つことを示す父称を添えたそれが、ハルのフルネームということになるらしい。これからは、と言うべきだろうか。認知されたのはつい最近なのだから。
「っていうか、あのとき本当はその話してたわけ?」
トーランと、ルーシェと、マリッカと、ハルと。領主と、長女と、次女と、庶子――長男と。人払いをして、四人で。
「……僕はマリッカの役に立ちたかっただけなの。別に領主様が恩を感じることはなかったんだよ。目の心配だってしてくれなくてよかったんだ。……マリッカが、言うから」
「……寧ろそっちに知られたくなかったんだな」
親を好かない晶としては、そこを咎める気分にはなれなかった。どういう親であるのかを知っているとは言えないけれど、少なくとも生まれたときには引き取ろうとしなかったのだ。
「あれ、じゃ、伯母さんは?」
「そのままだよ。領主様の姉上。魔術師になるときに完全に縁を切ったっていうか、家の記録から削除したんだって」
縁は切ってないか、と訂正する。マリッカに対しては魔術師としての師匠になったし、ハルに対しては育ての親にもなった。が、恐るべきラリサとして世間に知られているためもあってか、生まれについては徹底して隠しているのだという。
「僕の方には、そういう事情はないけど。領主の館に住むわけでもないし、わざわざ発表しなくたってよかったんじゃないかな。大体、僕は今さらいいって言ったのに」
「今さらっていうか、目のせいなんだろうけど」
「大丈夫なのに」
「いや、普通は大丈夫だと思わないから」
そこは何度でも指摘しておかなくてはなるまい。
「あのままあそこで暮らせってことだったんじゃないの」
自身の命を救われたのだ。亡き娘を蘇らせたとも、そのために視力を失ったとも知ったのだ。これまで長らく放置していたとしても、流石に思うところがあったのだろう。
嫌だよ、と息子はすげなかったが。
「僕はただのハルだよ。テミストがただのテミストで、レイさんがただのレイであるように。アキラ──は、カイドウ=アキラっていうんだっけ?」
「俺のとこは苗字は誰にでもあるから」
支配層に属する証ではない。
「……それに、俺もただのアキラがいいや」
海堂が親と同じ姓であるなら、晶は親がつけた名前だけれど。
失明したハルに対して、トーランがそうだったように。行方の知れなかった自分に対して、両親も何か思うかもしれない。だからといって、それぐらいで自分が掌を返すこともなかろう。
身分のような大層なことは関わらない。これまで頼らず生きてきたという自負があるわけでもない。それでも、少しは理解できる気がした。




