第25章 解放
「行くのね」
ルーシェは妹に声をかけた。
マリッカはちらと見返ってから、体ごと向き直った。
「姉君が惜しんでくださるとは思いませんでした。いつもわたしに怯えてらした」
「当たり前でしょう。あなたは一体幾つの命を奪ったの」
眉を寄せる。神の道具だからというラリサの言を受け入れても、気に留めずにいられるわけではない。
だが、助けられていたことも、頼りにしていたことも事実であって。世の中が平和に近づいたことも、認めざるをえないところであって。マリッカが死を宣告した者たちを、更生の可能性に賭けて生かしておいたならば、代わりにその犠牲者が増え続けたであろうことも、否定できないところであって。あるいは姉妹としての情が、評価を甘くしているかもしれないけれども。
微かに、マリッカは笑みを浮かべた。千梨が居合わせれば仰天したかもしれないが、ルーシェには決して見覚えのないものではない。
「ご安心ください。わたしはこの先、人を殺めた経験が一度もないかのように生きるでしょう。もしもまた手に下すことがあるとすれば、そのときが初めてであるかのような、動機と、決意と、覚悟を持って」
一呼吸置いた。
「約束をしました。その者を裏切るに足るだけの理由なくして、わたしが人を死に追いやることは二度とない」
「……本当に?」
疑ったというよりも、ラリサの評を思い出したためであったが。
「忘れていました。ラリサが、姉君にお会いしたら伝えるようにと」
マリッカは話を逸らしたかのようにも聞こえることを言った。自分たちよりも先にラリサと接触したことをそれは示したが、そこに不自然はない。
「今のわたしは人の色と形をしていると。死を通じてかつての義務と権利を失ったと」
「人の」
「おわかりになりますか?」
ルーシェは瞠目した。
色、形。神の色、道具の形。マリッカにああした生き方をさせたもの。
それらが取り払われたとなれば。……先ほどの言葉は、実現するのだろうか。
「……喜ばしいことですと。お伝えして」
「御意」
了承を意味する仕草と、別れの挨拶を意味する仕草を見せて。
ルーシェの妹は姿を消した。




