第24章 あなたのために 3
「三年の間、あの人が人を害することは難しい。マリッカが制限をかけてたでしょう」
許可なく境界を越えることを禁ず。
部屋に出入りすることも、街に出入りすることも、国に出入りすることも。模様のある床の線を跨ぐことも。先ほどのように、落ちている縄を越えることすら。そこに境界が存在する限り、自力でそこを通過することはできない。越えてよいと誰かが認めて、初めて叶う。
あの短い言葉には、そういう意味があり、そうする力があったのだ。取り押さえた後のことまで、あれで済んでしまっていたのだ。正確にはあの言葉だけではなかったかもしれない、口を開く前に何かしら下準備をしたかもしれないけれど。発想はできても実現はできないだろう、普通は。
……あれを敵に回したと思えば、恐ろしいどころではないかもしれない。自棄に陥るのも無理のないことだったかもしれない。自業自得だが。
「三年の間に改心するとは限らないけど。ケアルがコルカに仇をなしても、ゼラムは決してケアルをイリウスの人間とは認めない。でも、コルカがケアルに仇なせば、ゼラムは必ず仇を取ろうとするはずだよ。あの人は都合によって、領主の血筋の責任を付け外しするんだ」
だから処刑も投獄もしない。表向きは、コルカへの立ち入りを永久に認めないだけだ。だが、マリッカがかけた魔術の枷は、投獄に準じた不自由を課すことになる。墓に侵入して副葬品を持ち去ることも、家に侵入して家人を刺すことも、なるほど容易ではなくなるだろう。
「墓に二回入ったって言ってたけど」
「血水晶をみつけたのも墓山だったみたい。やっぱり廟の中でね」
トレジャーハンターかよ、と晶は呟いた。
「多分ね、マリッカに殺されると思ったんだよ。一か八かでマリッカの敵を倒して、味方だと認められようとしたんじゃないかな。レイさんも言ってたけど、誰かに吹き込まれたんだろうね」
マリッカがそんな私情で動くわけないのに、と弟弟子は憤慨した。墓を荒らしている最中に埋葬されている人物が生き返ってきたら怖くて当たり前だし、怒らせたと思わない方が寧ろおかしいぞというのが正直な感想だったが、そこは口に出さないでおく。そうして至った結論が結論なのだから、同情には値しないのだし。
魔術の道具をあれだけ所持していたのは怪しいことだった。マリッカやレイに同行していたときは、そんな気配はなかったそうなので。それらを与えて唆した黒幕がいるのだろうという推測は、突飛なものではないだろう。追い払う前にその辺りも追及するのだろうが、それも一介の少年魔術師が一枚噛むようなことではない。
どうやらあの青年のことは、心配しなくてよいようだが。あの会合にハルが加えられた理由は、結局よくわからない。
――それに、そもそも。一番聞きたいのは、それではなかった。
すたすた歩く友人を一歩遅れて追いながら、晶は躊躇いがちに問いかけた。
「あのさ、ハル。俺、余計なこと言った?」
一瞬、ハルは立ち止まりそうな気配を見せた。一瞬だけでそのまま歩みを続けたが、答えはなかなか返ってこなかった。
「……ううん。隠し通せることじゃなかったし、マリッカも気づいてて訊いたと思う。僕が……マリッカのためだみたいなことを、マリッカの前で言いたくなかっただけ」
それでは、ルーシェに対しても、やめてほしいと思っていたのだろう。よりによって今この場で、そんなにも直接的に、そのことに触れないでほしいと。
悪いことをしたようだと、感じたのは事実である。が、自分が反省するところだろうかと、釈然としないものを覚えたのもまた事実だった。晶は後者を口に出した。
「言えばいいじゃん。そのためだったんだから」
「嫌だよ。マリッカが怒る」
即座に拒絶された。
「マリッカのために目を犠牲にしたなんて、……わざとじゃないけど、絶対怒った」
「……それは心配されてんのとは違うの」
「違うの」
弟弟子は頑として認めなかったが。
そういうことでは、ないのだろうか。
過去の二人を垣間見た千梨と、晶も同様の解釈をしたと言えた。そう考える方が理解しやすかった。
「マリッカの役にはちゃんと立てたと思うよ。父上に何かあったら、やっぱり、色々あると思うもの」
ロアーデル謹製の〈鍵〉は、今度も指定通りの場所へ道を繋いだ。効果は今度も申し分なかった。
それでこの件は終わりだと、ハルはきっぱりと言った。




