第24章 あなたのために 1
びくんと震えて、ケアルは動かなくなった。魔術のため、ではない。単純に――恐怖のために。
煙はたちまちに細くなり、尽きた。
「はい、君、いいよ。離れて」
ケアルの前に何かを投げ出して、別の声が告げた。戸惑いながらも晶は従い、ケアルを放してハルのそばへ戻る。ハルの方で気づいたかどうかわからなかったので、その腕にそっと触れた。頷きが返ってきた。
声の主が何者であるかは考えるまでもなかった。部屋に現れた、二十歳ばかりの男女。娘は長い黒髪に一筋だけ黄色を交え、青年は短い、濃い金髪をしている。娘は冷たく、厳しいまなざしをケアルに向けていたが、青年は余裕を示すように笑んでいた。
「何者か」
険しい誰何。トーランであった。
「マリッカでございます。ハルが月の砂を通じて蘇らせました」
本人であるはずがないという疑念は当然のものである。指摘を待たずに解答を与えて、マリッカはハルを見た。
マリッカの動向には注意していたのだろう、ハルはそのことを認識したようだった。リアルタイムで、という表現も妙だけれども、さっと緊張が走るまでに余分な間は一瞬も挟まらない。
「代償に――目を、どうした?」
弟弟子は答えなかった。杖を握り締めて、その見えない目を円くしている。
「見えなくなったんだ」
我慢できずに晶は口を出した。
「魔術でカバーしてるけど」
「アキラ」
制止されて、黙る。
本音としては言い募りたかった。友人にどんな犠牲を払わせたか知らしめてやりたかった――というよりも、寧ろ友人の方にこそ、それが大した犠牲なのだと教え込んでほしい気持ちだったかもしれない。きっと唇を引き結んだ様子からは、そんなことまでは読み取れないだろうけれど。
マリッカは少年たちを順に一瞥した。どちらもそれ以上口を利かなかったためか、詰問は残念ながら続かなかった。
「このこと、他言無用。明かす時機は武器になる」
その場の全員に命じて、ケアルに目を戻す。無論、こちらを差し置いて、月の砂の一件を追及している場合ではない。ルーシェが口元を押さえているのを視界の隅に捉えて、意味はあったと思うことにする。
床に落ちていたのは、どうということのない一本の縄だった。晶が離れた途端にくるりと動いてケアルを囲うように輪になったから、ひょっとしたらこれ自体が魔法の品かもしれないが。
その内側で、侵入者は立ち尽くしていた。その墓を荒らしたマリッカを前に、なるほど頭も真っ白になったかもしれない。死者は存在しないもの、死者への供物は誰の所有でもないもの、とすらすら述べた人物とはとても見えなくて、晶は却って安堵のようなものを覚える。結局は自分を正当化するための屁理屈にすぎなかったかと、ちゃんと腹立たしくもあったが――いや、真実そのように信じていたとしても、ああして目の前で復活されてまで、貫くことは難しいだろう。
「申し開きはあるか」
「わ……わたしはあなたの味方だ、マリッカ」
上ずった声が訴える。
「あなたはトーランと敵対していただろう。だから、わたしは」
「父君に血水晶を召し上げる権利はなかった。ゆえに制しただけのことだ」
声を荒らげるでもなく淡々と、しかし遮って、トーランの次女は否定した。
「墓山への二度の侵入。領主の館への侵入。領主の殺害未遂。いかがなさいます、父君」
「……表立って罰すれば、イリェに口実を与えような」
絶望に顔を染める青年から視線を移せば、トーランは渋面を作った。
「誰の差し金か、忘れずに吐かせることですね。自分からこんな大それたことのできる人間じゃありませんよ」
節でもついていそうな口調で、楽しそうにレイが言った。




