第23章 領主の館 3
ルーシェとは確かマリッカの姉、コルカ領主の長女の名であった。ということは、ここはコルカ領主の館であるわけだ。なるほど、知っていてもおかしくないだろうし、勝手に立ち入ってはよろしくないだろう。といってもルーシェとしては構わないようで、使用人たちに口止めなどしている。テーブルの上を一瞥して、お茶の時間みたいだね、とハルが解説を添えた。
やがてコルカ領主たるルーシェの父が現れた。娘たちと同じく黒髪で、しかし白髪が多く交じり、全体に疲れているように映る。以前の姿など知らないのに、『一気に老けた』ような印象を受けた。考えてみれば、娘のマリッカが急死して幾らも経たないのである。
ハルの推測は当たっていて、父と娘は静かに茶を飲み始めた。ぽつぽつと言葉を交わすけれども、トーランの方に元気がなくて話は弾まない。ルーシェは概ね平静でいるように見えたが、少年たちが消えた辺りへ一、二度目をやった。もっとあからさまであっても、トーランは気づかなかったかもしれないが。
「わたしが愚かだったのだ。かの秘宝を欲するなど」
盗み聞きになるのも気が引けて意識を逸らしていたものの、理解できる話題が出てきて反射的に耳を傾ける。
「我が物としたところで、代償を思えば何を願うこともできなかったろう。意味のない争いだった」
「ケアル殿にもそれは同じこと」
ルーシェは半ば独り言のように呟いた。
「何と引き換えても悔いぬ望みなど、そうあるものではないのでしょう。夫の安全と引き換えに、夫の愛を失うとしたら――わたくしは躊躇います」
ルーシェの夫。コトの話だ、と悟る。ヒュレイといったか。ハルよりもずっと、コトの憎しみを買いそうな人物。
自分との縁が切れてしまっても、無事でいるなら構わない。それが模範的な解答ではあろう。だが、人がそこまで利他的になることは難しい。
使ってよいと言われたら、自分は何かを叶えようとするだろうか。命と引き換えになるかもしれない願いごと。ハルはマリッカの復活を――自分への情を持たなくともこの世にあってくれればと願った。マリッカは、何を願ったのだろう。
そういえば。マリッカの復活を、身内たるこの二人は知らないのだろうか。魔術師たるマリッカには、伝えるのは難しいことでもなかろうに。そんなことを思ったときだった。
侵入者、という単語が頭に届いた。
──誰か、魔術で入ってきた。マリッカじゃない。レイさんでもない。
一秒後、ルーシェが顔色を変えた。そちらにも伝わったのだろう。じっとしてて、と声を出さずに指示するなり、ハルは杖を構え直した。察した晶はぱっと手を放す。
部屋の一角が歪んだのはその直後だった。領主を始めとする他の者たちも、驚いて身構え、一斉に視線を集める。が、そのときには既に、青年の姿がその中に現れていた。
「──トーラン!」
叫んで飛びかかる、その手元で刃が光った。
次の瞬間にはしかし、もっときつい目を射る光が、その前に壁のように立ちはだかる。それは一秒ほどで霧散したけれども、目がくらんだか、押し戻されたか、青年は二、三歩後退した。
「ケアル! どういうつもり?」
叫んだハルの姿は、今や誰の目にも捉えられたろう。同時に杖を一振りすれば、新たな光が筋となって、青年――ケアルに絡みつく。
血走った目でハルを睨むケアルは、余裕のない、追いつめられたような顔をしていた。




