第23章 領主の館 2
視界の隅にそれを捉えて、晶は足を止めた。
「ハル、ハル、ちょっと」
「何かあった?」
「俺、このパターン初めてなんだけど」
振り向いたハルは、目を凝らした――わけではない。首飾りの効果を調節してわかるようにしたのだろう。ああ、と頷いて戻ってくる。
「〈蓋〉だね」
草の間に埋もれるように覗いている、一抱え以上ある甕のそれのような、蓋。その下に本体があるようには一見思えない。ただ落ちているだけ、のようだ。ラリサの島に現れた〈門〉とてその向こうに建物があるようには見えなかったが、建造物であるがゆえの一種の説得力があった。
二人は〈蓋〉の前にかがんだ。ハル一人では見落としていただろうことに晶は気づかない。気づいたところで、見落として困るものでもあるまいと思ったろうが。
「アキラはまだ帰らないんだよね。行きたいところある?」
「特に。ハルの好きなとこでいい」
「僕の好きなところっていうと、あれだよ」
苦笑しながらハルは〈鍵〉を取り出す。苦笑するようなことだという自覚はあるのか、という感想は胸にしまって、どこに挿せばいいんだ? とだけ晶は口にした。こうかな、とハルは〈鍵〉の先端を〈蓋〉の下に、こじ開けようとするときのようにねじ込んだ。
「――マリッカの役に立てる場所へ」
ほら、やっぱし。
先だけを挟んだ〈鍵〉で撥ね上げれば、〈蓋〉は軽々と、ボール紙のように飛んだ。地面に円い穴が開くと、その奥には屋外の、明らかに地中ではない景色が広がっていた。
こうして〈門〉にぶつかるたびにそれをくぐるつもりなら、どこを目指すか決めることにさして意味はないのかもしれない。
二人が降り立ったのは広いバルコニーだった。城かな、と晶は思う。
「やっぱ勝手に入っちゃまずいんじゃないの」
「姿を消しておくよ。ゆっくり動けば解けないぐらいに。……でも、ちょっと待って」
少年魔術師は宙をみつめるようにした。
「ここ……多分、知ってる」
焦っている様子はない。物騒な場所ではないのだろう。
「それに、みつかってるみたい」
「え」
ハルが向き直った方を見れば、バルコニーに一人の女性が出てきたところだった。長い黒髪の、気品ある女性である。薄緑のドレスはシンプルではあったが、ドレスだと感じる程度の装飾はあった。
「ルーシェ様でしょう?」
「やっぱりあなただったのね」
急ぎ足に歩み寄って、こちらこそが焦ったように眉をひそめる。
「今はいけないわ、隠れてちょうだい。じきに父君がいらっしゃるの」
「姿を消しておきます」
晶に告げたのと同じことをハルは言った。
ルーシェは晶にも物問いたげな視線を向けたが、時間がないと判断したのか、何者かとも訊かなかった。代わりに尋ねたのは中へ入るかということで、ハルは頷いた。ルーシェの後について、二人は室内に足を踏み入れる。
「アキラ、杖に触わってて。そうすると早い」
「ん」
言われた通りにすれば、すぐさま魔術が走る。ハルの姿は見えなくなったし、そうでなくても魔術が働いている感覚は多少わかるようになっていた。
と、このまま持っておいて、と声ならぬ声が届くや、消えたはずの姿が再び現れる。但し、幾らか透けていて、目を凝らすまでもなくその向こうが見て取れる。互いの姿をこうして把握することも、口と耳を介さずに言葉を交わすことも、こうして同じ杖に触れておけばやりやすい、とのことだった。




