第23章 領主の館 1
慣れるまで付き合う、とは言ったものの。
ハルは早々に、杖をつくことすらやめてしまった。街の中であれ外であれ、ただ歩いている分には、目が見えていないとは到底思えない。顔を見れば視線がどこにも届いていないことは感じ取れる。手を使うときは半々で、スムーズに動くときもあれば探り探りになるときもあった。
「訊いちゃ悪いかと思ってたんだけど」
問うてみたのは街の外、他人の目も耳もないところで、腰を下ろして昼食を摂っているときだった。
「どういう風に見えてんの?」
ええとね、とハルは口元からパンを離した。
「遠くを見る術の応用なんだけど、基本は前の景色が前に映るようにしてるから、結構普通に見えてるよ。ただ、細かいところまでずっと拾うのは大変だから、ざっくりっていうか、ぼんやりした――すごく目が悪いみたいな感じ。あと、距離感や遠近感はわかりにくいかな」
普段はね、と言い添える。階段を昇り降りするようなときや、店で食事をするようなときは、細かいことまで把握できるように切り換えているという。
「要は魔術で情報を拾って目の中で再生してるの。仕組みはそんなに難しくないんだ。ずっと動かしてるのが疲れるんであって」
難しくない、という申告は疑わしい気がする。
「横目で見る、みたいなことを咄嗟にやるのはまだ慣れないかな。顔が向いてるのと違う方向の景色を持ってくるのは、できるんだけど、まだ一瞬考える」
顔でなく目を基準に情報を拾うようにすれば、その点に限っては解決するけれども、そうすると消耗の度合が全く違ってくる。忙しく動く目は、追いかけるのも難しいのだ。魔法のまな板がそうであるように、道具自体が一から十まで担うというわけにいかなかったのは、ハルの意思に応じて細部を変化させる都合によった。
「いろいろ試してみてるんだ。普通と同じぐらいに見えるようにして一日過ごしたり、色を抜いてみたり、他の強い魔術を使っても弱まらないかとか」
「その首飾りだっけ?」
ごちゃごちゃとした、ビーズと糸の塊。最適化している時間がなかったのだとハルは弁解した。並べ替えたり重複を覗いたりしてできるだけ簡略にする余地はあるという。そうすれば見栄えも落ち着くだろうし、嵩張らなくもなるはずだった。あのとき〈門〉が現れなければ、もうしばらく試行錯誤したのだろう。負担が多少なりとも減るかどうかは断言できないから、強いて完成まで待たなかったのだ。
「これが一番しっかり作ってあるやつ。これが壊れたときとか、目立って困るときのための予備がこっち」
袖をまくれば、肘と手首の中間辺りに、同じようなビーズと糸の連なりが巻きついていた。こちらはもっと短いようで、見た目も大人しい。その分、機能的には劣るのだとか。
「なんか……サイボーグみたいなっていうか……」
「サイ……?」
「あ、いや、俺の世界にある……概念?」
エルに存在しない概念までは、自動翻訳がかかっても上手く通じないらしい。
「多分、君やテミストが思ってるよりも普通に見えてるからね? 休むときは大抵切ってるけど」
気にしなくて大丈夫だから、と微笑む友人に。
自分が付き添っている意味は果たしてあるのだろうかと、思った。




